ノーベル賞にもつながった研究によって、細胞分裂の回数や老化のメカニズムは、少しずつ解き明かされつつある。
世界的な幹細胞研究の第一人者として、再生医療の最前線を見続けてきた上田実氏が、「なぜ細胞は“寿命”を迎えるのか」、そして「幹細胞やがん細胞だけが、その限界を超えられるのはなぜなのか」を解説する。
細胞の奥深くで進む、「命のカウントダウン」の正体に迫る。

◆人間は本来、120歳まで生きられる!?

幹細胞を深く理解するために、細胞の寿命を決めているシステムについてお話ししておきましょう。
幹細胞からつくられた機能細胞(成熟細胞)は、細胞分裂を繰り返します。しかし、それぞれの細胞には、寿命、言い換えれば細胞分裂する回数が決められているのです。
日本人の平均寿命は、男性が81.64歳、女性が87.74歳(令和2年「簡易生命表」厚生労働省)で、過去最高を更新しています。
ちなみに、日本人の100歳以上の高齢者は8万6510人います(厚生労働省調べ、2021年9月現在)。そのうち女性が7万6450人と、100歳以上の88%を占めています。寿命に関しては、女性が圧倒的に優位にあるといえます。
そして、女性の最高齢者が118歳、男性は111歳です(厚生労働省調べ、同前)。
なぜ、最高齢についてお話ししたかといいますと、人間は本来、がんや脳卒中、心筋梗塞などの命にかかわるような大病にならなかったり、交通事故などの不慮の事故に遭わなかったりすれば、理論的には120歳までの寿命があるといわれているからです。
この寿命を決めているのが、幹細胞の寿命なのです。逆に考えると、大病や不慮の事故に遭わなくても、細胞分裂は120年で最期を迎えるということです。
◆親から子どもに引き継がれる遺伝子情報
人間に限らず、生物の寿命はどのように決められているのでしょうか。その謎を解明したのが、エリザベス・ブラックバーン博士らの研究グループです。ブラックバーン博士、キャロル・グライダー博士、ジャック・ショスタク博士の三人は、「テロメアとテロメラーゼ酵素が染色体を保護する仕組みの発見」で2009年にノーベル医学・生理学賞を受賞しています。
ブラックバーン博士らがノーベル医学・生理学賞を受賞する理由となったテロメアこそが、それぞれの細胞の寿命を決めているのです。
テロメアとは、いったい何者なのでしょうか。テロメアを理解するために、「染色体」や「遺伝子(DNA)」のお話をします。
私たちは、両親や兄弟、祖父母など近親者に体型や顔の特徴などが似ています。親子や兄弟なのだから当然といえば当然のことです。
このように、体質や血液型、性格、顔などの生物学的特徴が、親から子どもへと受け継がれることを遺伝(遺伝形質)といいます。
遺伝のもととなっている因子が遺伝子です。この遺伝子は、細胞の中心に存在する核の中にある染色体の上に並んでいます。
遺伝子の正体は、4種類の塩基とリン酸、糖からできているDNA(デオキシリボ核酸)で、遺伝の設計図に相当します。
ちなみに、1953年、ジェームズ・デューイ・ワトソン博士とフランシス・クリック博士、モーリス・ウィルキンス博士らの研究によって、DNAは「二重らせん構造」になっており、細胞が分裂するときに遺伝子情報(DNAの塩基配列)が正確にコピーされ、親から子どもに受け継がれることを発見しました。
親子の間で生物学的特徴が受け継がれるカギは、DNAの二重らせん構造にあったのです。

