◆「暴力=効率がいい」という考え方の恐ろしさ
長嶋一茂氏の発言と、それに賛同する人たちは次の点で体罰や暴力を見誤っています。本来ならばその場しのぎの処置に過ぎない暴力を成人するために不可欠な通過儀礼だと誤解し、あろうことか過大評価していることこそが最大の問題なのです。もちろん、平手打ちのひとつも許さないなどという綺麗事を主張したいのではありません。しかしながら、子供や学生をひっぱたくことを公言しても恥ずかしさを感じないことは、暴力そのものよりも恐ろしい事態をあらわしているように感じます。
言葉による説明を面倒くさいこと、無駄なことだと考えることは、すなわち暴力に効率のよさを見ることに他ならないからです。
そうなると、暴力が社会全体を支配するようになるまでに、時間はかからないでしょう。
それこそが、社会のタガが外れたことを示すのです。
文/石黒隆之
【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。X: @TakayukiIshigu4

