◆努力のゴールデンルールが書き換わる日
ぼくたちがこの現象から学び、考えるべきなのは、「金持ちの奇妙な心理」ではありません。彼らの絶望は、私たちが当たり前のように信じてきた「20世紀型の努力のゴールデンルール」が、完全に終わりを迎えたことを示しているという点です。
これまで、日本のビジネス社会でも、「英語を話せるようになろう」「プログラミングスキルを身につけよう」「資格を取って市場価値を上げよう」といったアドバイスが繰り返されてきました。努力して個人のスキルを高めれば、より高い給与と安定した生活が手に入るはずだ、と。
しかし、アメリカの最先端で起きているのは、世界最高峰のコードを書き、流暢な英語で複雑なプロジェクトを回せる人間ですら、「資本(AIシステムやプラットフォーム)を持つ側」に回れなければ、いつでも代替可能な存在になってしまうという現実です。
どれだけ個人の生産性を高めても、その果実にレバレッジがかかるのはシステムを所有する超ごく少数の勝者だけであり、労働者には「さらなる効率化の要求」と「レイオフに震える日々」だけが残される。
もちろん、AI税のような再分配の議論も避けられないでしょう。ただ、それ以上にぼくたち一人ひとりが問われているのは、「会社に選ばれること」を人生の中心に置き続けていいのか、ということです。そうしなければ、中間層の労働者がどれだけ必死にリスキリングを重ねても、社会全体の富は縮小し、一握りのAI貴族と、それ以外の「永久下層階級」への二極化が止まらなくなるからです。
◆「AIに負けない」を目指してはいけない
これは、日本のオフィスで働くホワイトカラーにとっても、決して他人事ではない未来の縮図です。日本でもAIツールの導入が急速に進んでいますが、現場では若手が「自分がスキルを学ぶ前に、その仕事が自動化されるのではないか」という漠然とした不安を抱え始めています。Slackの返信速度とドキュメント処理量だけが、毎月のように改善されていく。その数字の上昇と引き換えに、私たちの「頭脳」の価値が少しずつ削り取られていく。
ぼくたちがこれから目指すべきなのは、おそらく「AIに負けないスキルを身につけること」ではありません。そんな競争は、最初から勝負がついているからです。
むしろ、どれだけ優秀な労働者になっても逃れられないこの構造を理解した上で、「会社組織の梯子を上る」というゲームとは別の場所で、自分自身の価値や、日々の生活の充実感をいかに定義し直すか。
数年前まで、この街では「どの会社に入るか」が人生を決めると信じられていた気がします。でも今、ぼくらが本当に問われ始めているのは、「どの会社にいるか」ではなく、「会社というゲームが壊れたあと、自分は何を支えに生きるのか」なのかもしれません。
少なくとも、シアトルの曇り空の下で炭酸水を飲みながら同僚たちの会話を聞いていると、そんなことを考えずにはいられないのです。<文/福原たまねぎ>
【福原たまねぎ】
シアトル在住。外資系IT米国本社のシニアPM。ワシントン大学MBAメンター(キャリア・アドバイザー)。大学卒業後にベンチャー企業を経て2016年に外資系IT企業の日本支社に入社。2022年にアメリカ本社に転籍し現職。noteでは仕事術やキャリア論など記事を多数発表。初著書『世界の一流が休むためにやっていること』(朝日新聞出版)が発売中。X:@fukutamanegi

