
物価高や賃金の伸び悩み、はたまた働きながらの家事負担など、さまざまな理由から、社会人になっても子が親と同居するケースが増えています。親にとっては、大事に育てた我が子と再び暮らせることは喜ばしいことですが、なかには「自分たちの金銭的事情」から子どもの出戻りを歓迎する親も……。本記事では高橋親子(仮名)の事例とともに、FP相談ねっと・認定FPの小川洋平氏が親子関係に潜む「老後資金不足」の危険性とその対策について解説します。※本記事は実話をベースに構成していますが、プライバシー保護のため、個人名や団体名、具体的な状況の一部を変更しています。
60代夫婦が実家に出戻った息子を歓迎する“本当の理由”
高橋和夫さん(仮名/69歳)は、地方都市で妻と二人、年金生活を送っています。一方、一人息子の健太さん(仮名/40歳)は大学を卒業後、都内の会社に就職し、長年一人暮らしを続けていました。
そんなある日のこと。和夫さんのもとに一通のLINEが届きます。健太さんが会社を辞め、実家へ戻るというのです。仕事のストレスで体調を崩し、精神的にもかなり疲弊している様子。「しばらく実家で休みながら仕事を探したい」と、身ひとつで帰ってきました。
和夫さん夫婦は、そんな息子を心配する一方で、どこか嬉しさも感じていたのです。
久しぶりに家族三人で囲む食卓はにぎやかで、静かだった家は一気に明るくなります。老夫婦だけの生活とは違い、毎日に張り合いが生まれました。数ヵ月経つと、健太さんは無事地元企業への再就職を決め、和夫さんは胸をなで下ろしました。
「これで安心だな」
しかし……。地元企業ゆえ職場が近いこともあり、引き続き実家で暮らすことにした健太さん。だんだんと生活にも慣れ、仕事で帰宅が遅くなるのに「夕飯はいらない」という連絡も入れず、休日は昼過ぎまで寝て家事はいっさい手伝いません。夜食を作っているのか、夫婦が寝静まった深夜にキッチンで大きな物音を立てることもしばしばです。
和夫さんは小さなストレスが積み重なり、ある日つい感情的に言葉をぶつけました。
「いま何時だと思ってるんだ。ここはお前だけの家じゃないんだぞ」
「ご飯いらないなら、連絡くらいよこしなさいよ」
「うるせーな。俺のこと何歳だと思ってんの? ほっといてくれよ」
健太さんも反発し、気づけば毎日口論が続くように。家の中は険悪な空気に包まれ、次第に息苦しさが漂うようになっていきます。
それでも夫婦には、息子に「出ていってほしい」とはいえない切実な理由がありました――。
毎月赤字、貯金わずか150万円…生活費は「息子頼み」だった
実は、和夫さん夫婦はもともと金銭面に大きな不安を抱えていました。夫婦の貯金は2人あわせてわずか150万円ほどしかなかったのです。年金収入は月23万円程度ですが、光熱費や食費、車の維持費、医療費などが重なり、毎月の家計は慢性的な赤字状態でした。
そんななか、健太さんが戻ってきてくれたことで、生活は確実に楽になっていました。というのも、健太さんが家族カードを作り、「食費は自分が出すから」とほぼ全額を負担してくれるようになったのです。
おかげで、それまで納豆とみそ汁ばかりだった食卓にはときどきスーパーのお刺身が並び、ときには回転寿司をテイクアウトする日もあります。夫婦にとって、健太さんは生活を支えるなくてはならない存在になっていたのでした。
だからこそ、喧嘩が増えても「出ていけ」とはいえませんでした。むしろ、「出ていかれると困る」という気持ちのほうが大きいのが本音です。
息子が再び家を出ていき、露わになった「老後不安」
しかし、先に決断したのは健太さんのほうでした。その日もいつものように小言をいうと、健太さんはいいました。
「やっぱり俺、一人で暮らすわ。もう毎日喧嘩すんのも疲れた」
そう切り出した息子に対し、高橋さんは思わず声を荒らげます。
「いまのお前に一人暮らしなんて無理だ! 家事も全部母さんに任せて、これからどうするんだ」
息子を心配しているような言い方でしたが、本心は違いました。家計を支えてくれる存在を失いたくなかったのです。しかし、そんな思いは健太さんには届きません。健太さんは翌朝、荷物をまとめて出ていき、家には再び老夫婦二人だけが残されました。
「行かないでくれよ……。これからどうすれば……」夫婦は思わず涙を流して激しく泣いてしまいました。
質素な食卓、減っていく預金残高……。和夫さん夫婦は、先の見えない老後への不安に押しつぶされ、途方に暮れています。
