
十分な資産を築いて早期リタイアを果たす「FIRE」は、多くのビジネスパーソンにとって究極のゴールのように語られがちです。しかし、金銭的な自由を手に入れたはずのリタイア生活の先で、痛烈な後悔を口にする人も。本記事では、波多FP事務所の波多勇気氏が、FIREを経験した男性の事例から、「本当の経済的自由」について解説します。※紹介する事例は、相談者より許可を得て、プライバシー保護の観点から相談者の個人情報および相談内容を一部変更して記事化しています。
はじめは楽しかったFIRE生活
首都圏在住の佐藤さん(仮名/52歳)は、大手メーカー勤務を経て48歳で退職しました。夫婦共働きによる収入の確保、支出管理の徹底、積立投資の継続などを実践した結果、退職時点の金融資産は約2億円に到達していました。
毎年の生活費を年間約400万円と見積もっていた佐藤さんにとって、これだけの資産があれば、今後の運用収益と元本の取り崩しだけで一生涯を不自由なく暮らせる計算になります。妻は「私は働いているほうがいい」と現役続行を選びました。金銭的な不安をクリアした彼は、多くのビジネスパーソンの憧れ「FIRE」を選択したのです。
大企業大卒男性の平均生涯年収である約3億5,000万円のうち、50代の最も年収が高くなる時期の給与や満額の退職金、あわせて1億円以上の収入を「自ら捨ててまで手に入れた自由」でした。退職当初の佐藤さんは、これでようやく時計の針に追われる日々から解放されるのだと、万能感に満たされていたといいます。
しかし、リタイア生活が3年、4年と経過するにつれ、佐藤さんの心には暗い影が広がりはじめました。
最初の1年は、平日の昼間からゴルフや旅行、映画鑑賞など、やりたかった趣味をすべてやり尽くしました。しかし、なんの制約もなく「いつでもできること」になった途端、それらの趣味は急速に色褪せ、単なる「暇潰し」へと成り下がってしまったのです。
朝起きても、その日にどうしてもやらなければならないことはなに一つありません。平日の昼間、カジュアルな服を着て街を歩くと、スーツ姿で忙しそうにしている同世代のビジネスパーソンとすれ違います。FIREを始めたころは「君たちは労働しているのに、俺はいまからマグロ定食を食べるためだけに三崎まで行くんだ」と優越感に浸っていました。
しかしこのごろは、彼らが社会の歯車として躍動している姿をみるたびに、「自分は社会から必要とされていない、ただの余剰人間なのではないか」という疎外感に苛まれるようにまでなっていきました。
極めつけは、16歳になった息子の純粋な疑問です。ある日唐突にこう尋ねられました。
「お父さんって、いまはなんの仕事をしているの?」
何気ない質問でしたが、佐藤さんは返答に少し詰まったそうです。「いまは働いていないよ」と答えると、息子は、「じゃあ、友達に聞かれたらなんて説明したらいいんだろう」と口にしました。
このやりとりは、それまで佐藤さんが目を背けてきたFIRE生活の歪みを一気に爆発させる決定的な引き金となりました。
「お金さえあれば幸せになれる、働かないことこそが至高の自由だと思い込んでいました。しかし現実は違ったのです。社会的なつながりをすべて失い、自分の子どもにすら『何者であるか』を誇らしく説明できない。FIREなんてするんじゃなかった! そう思いましたよ」
FIRE後に見落としがちな「資産」
FIREというと、必要資産額や運用利回りばかりが注目されがちです。しかし、退職後の課題は必ずしもお金だけではありません。
内閣府『令和7年版高齢社会白書』では、なんらかの社会活動に参加している高齢者のうち、生きがいを感じている人の割合は84.6%となっています。社会活動に参加していない人との差は23.0ポイントでした。
この結果だけで因果関係を断定することはできません。しかし、なんらかの形でありのままの自分を他者や社会に共有し、関わりを持っている人ほど、人生に対する幸福度や生きがいを強く感じている傾向があることは、紛れもない事実といえるでしょう。佐藤さんが陥った喪失感も、まさにこの「社会との接点」という目に見えない資産を失ってしまったことが原因でした。
