
地方の実家を離れて都会でキャリアを積む人が増える一方で、遠距離ゆえに親の異変に気付けず、悲劇に直面するケースが後を絶ちません。親子仲が決して悪くなくても、日々の仕事の忙しさや「まだ元気だから心配させたくない」という親側の遠慮から連絡が途絶えがちになり、結果として深刻な事態を招いてしまう実態が存在します。本記事ではAさんの事例から、別居する高齢親への万が一の備えについて、社会保険労務士法人エニシアFP共同代表の三藤桂子氏が、現代の家族の在り方を紐解いていきます。※事例はプライバシー保護のため、一部脚色しています。
18歳、親元を離れ単身東京へ
地方の田舎町で、一人娘として両親の愛情を一身に受けて育ったAさん。幼いころから都会に憧れていたAさんは、都内の大学へ進学しようと勉強に励みました。努力は実を結び、推薦入学枠を勝ち取ります。
両親は娘の上京に反対していたものの、Aさんは何度も熱心に説得。折れた母がへそくりから資金援助をしてくれて、念願だった都会での新生活をスタートさせました。
Aさんは両親との仲が悪かったわけでも、思春期の反抗心から家を出たわけでもありません。これからは女性も自立する時代だと考えていたAさんは、大学での学業はもちろん、自己研鑽を重ねて自身の可能性を広げたいと、親元を離れたのです。
しかし、生まれてから一度も田舎を出たことがない両親からは、「都会は危ない、怖い」という固定観念がどうしても拭えませんでした。そんな両親を安心させようと、Aさんは上京後も週に1回以上の電話連絡を欠かさずに続けます。
大学卒業後も都内での就職を希望した彼女は、大手企業への入社を決めました。Aさんが入社した会社では、キャリアパスが総合職と一般職の二つにわかれており、当時の一般職では、結婚を機に家庭に入り、退職する同僚が少なくありませんでした。そのなかで、できれば定年まで働き続けたいという意志を持っていたAさんは総合職を選択し、着実にキャリアの階段を上りはじめたのです。
父の急逝、残された母からの同居の拒絶
総合職としての仕事は充実していましたが、同時に残業や転勤も多く、就職してからは実家へ帰省する機会が減っていきました。そんな折、父が倒れて急逝してしまいます。Aさんは知らせを受けてすぐに病院へと駆けつけましたが、最期を看取る瞬間には間に合いませんでした。
父の葬儀の席で、母から初めて聞かされる父の話がありました。上京に反対していた父でしたが、実は隣近所の人たちに「娘は東京でキャリアウーマンといわれているんだ。立派に活躍しているんだよ」と、いつも自慢していたというのです。聞いたときには、思わず涙が溢れました。
父が亡くなったあと、Aさんは母が一人暮らしになることを心配します。「東京で一緒に暮らさないか」と説得を試みるものの、母親の答えは頑なでした。「住み慣れた田舎の暮らしが合っているから」と断られてしまったのです。「身体も元気だし、一人で全部できるから大丈夫よ」と笑う母親の言葉を信じるほか、当時のAさんには選択肢がありませんでした。念のため、実家のご近所さんに、「母の様子をときどき見にいってほしい」とお願いをしておきました。
