差し押さえ、極貧生活、そして父の死……「これが全部夢だったら」
多額の借金は、家族の生活を根底から破壊しました。 「一番は、闇金まがいの業者からの執拗な取り立てです」と女性。「玄関のドアに『金返せ』という張り紙をされたり、深夜にインターホンを鳴らし続けられたりしました」と、その恐怖を振り返ります。

近所中に事実が知れ渡り、白い目で見られるようになったことで「外を歩くことさえ怖くなったことが精神的に一番きつかったです」と当時の苦痛を吐露します。
当時の心境について、「『なぜ真面目に働いてきた父がこんな目に遭うのか』という世の中への理不尽さと、勝手に夜逃げした叔父に対する殺意に近い怒りで毎日頭がおかしくなりそうでした」と明かす女性。
「朝、目が覚めるたびに『これが全部夢だったらいいのに』と願い、夜は取り立ての恐怖で眠れないという、生き地獄のような日々でした」と、過酷な精神状態だったことを綴っています。
そして、ついに25年かけて払い続けてきた注文住宅の持ち家が差し押さえられ、強制退去に。 引っ越し先の築40年のボロアパートでは、家族3人が一つの部屋で身を寄せ合うことに。
食費を削るため、一日の食事は「スーパーの閉店間際に30円で投げ売りされる見切り品の食パン1枚と、大袋の安いもやしを炒めたものだけという生活が3カ月以上続きました」という極限状態でした。
そんな中、父は精神を病み、毎日「死んでお詫びする」とうわ言のように繰り返すようになったそうです。そして、「最終的には過労と心労が重なって脳出血で倒れ、そのまま帰らぬ人となりました」。
「葬儀代すら出せず、直葬という一番簡素な形で見送るしかなかったのが、娘として一生の悔いです」と、悲痛な胸の内を回答してくれました。
法的措置で重圧から解放されるも、残った痛烈な教訓
生き地獄から抜け出すため、彼女たちは法テラス(日本司法支援センター)の無料相談に駆け込みました。そこで紹介された弁護士に事情をすべて話し、父の自己破産手続きを進めること。

「最初は父が『世間に顔向けできない』と渋りましたが、母と二人で泣きながら説得し、法的に借金を整理する道を選びました」と、家族で苦渋の決断を下します。
その結果、「自己破産が認められ、督促の電話や訪問はピタりと止まりました」。家は失い、父も亡くなってしまいましたが、「借金という重圧からは解放され、わずかに残った現金と私の給料で、最低限の文化的な生活(お風呂のあるアパートへの引っ越しなど)を立て直すきっかけを作ることができました」と、少しずつ前へ進み始めた様子がうかがえます。
もし当時の自分に戻れるなら、「どんなに身近な親族であっても、絶対に保証人にはならないよう、父を全力で止めていたと思います」と強い後悔を綴っています。
また、「督促状が届き始めた時点で、世間体などを気にせず、すぐさま弁護士や専門機関に相談すべきでした」と振り返り、「早めに対処していれば、自宅を手放さずに済む『個人再生』などの選択肢もあったかもしれないと後悔しています」と回答。
今回の壮絶な経験を通して、「『お金は時に人を鬼に変え、家族をバラバラにする』という教訓です」と女性。 「法的な知識がないことは最大の弱点になると思い知りました。困った時に頼れるのは親戚でも友人でもなく、法的な専門家であるということを痛感しました」と、これから同じような悩みを抱える人に向けて、力強いメッセージを残してくれました。
(文:ママテナ編集部マネーチーム)
※この記事は、ママテナ編集部マネーチームが2026年6月、「お金にまつわるトラブル」をテーマに実施したアンケート(インターネット回答)に寄せられたエピソードを元に作成しています。
※写真はイメージで本文とは関係ありません。
