最近、「静かな退職(Quiet Quitting)」という言葉を耳にする機会が増えました。

これは実際に退職するわけではありません。与えられた仕事はこなす。しかし、それ以上の努力はしない。自ら提案もしない。会社への期待も持たない。必要最低限の役割だけを果たしながら働く状態を指します。
この言葉が広がると、「最近の若手は意欲が低い」「責任感がなくなった」といった議論になりがちです。しかし、人事コンサルタントとして多くの企業を見ている立場から申し上げると、本質はそこではありません。
静かな退職は個人の問題ではなく、組織の問題として捉えるべき現象なのです。
なぜ発言しなくなり、挑戦しなくなっていくのか
かつて日本企業では、会社への帰属意識が強く、求められた以上に働くことが美徳とされてきました。上司から言われなくても改善提案を行い、休日に自己研鑽を重ねる社員も少なくありませんでした。
しかし、働き方改革が進み、転職市場が拡大し、終身雇用への信頼も揺らぐなかで、会社と個人の関係は大きく変化しました。社員は会社に人生を預ける存在ではなくなりました。これは悪いことではありません。むしろ自然な変化です。
問題は、企業側のマネジメントがその変化に追いついていないことです。多くの管理職は、「なぜ最近の社員は主体的に動かないのか」と悩みます。しかし、その社員が入社当初から意欲を持っていなかったとは限りません。
むしろ逆です。
入社時には期待を抱いていた人材が、徐々に発言しなくなり、挑戦しなくなり、最低限の仕事しかしなくなっていくケースが少なくありません。
その背景には何があるのでしょうか。
本人の努力と評価、対話の不足
1つ目は、努力と評価の不一致です。
新しい提案をしても採用されない。改善活動を行っても評価されない。成果を出しても報酬や役割に反映されない。こうした経験を重ねると、人は次第に挑戦しなくなります。
心理学では「学習性無力感」と呼ばれる状態があります。何をしても状況が変わらないと感じると、人は行動そのものをやめてしまうのです。静かな退職の背景にも、これと似た構造が存在しています。
2つ目は、対話の不足です。
近年、多くの企業がエンゲージメント調査を実施しています。しかし、調査結果を集計して終わりになっている企業も少なくありません。社員が求めているのはアンケートではなく、自分の意見が聞かれ、受け止められ、何らかの変化につながる実感です。
特に若い世代ほど、その傾向は強くなっています。以前であれば、「会社の方針だから」で納得できたことも、現在はそうはいきません。
なぜその仕事を行うのか。なぜその目標を目指すのか。自分はどのような成長機会を得られるのか。
こうした問いに対して説明できる組織でなければ、人材の心は離れていきます。そして最も注意すべきなのは、静かな退職は数字に現れにくいという点です。離職率には表れません。欠勤率にも表れません。しかし、組織の活力は確実に失われていきます。
会議で発言が減る。改善提案が出なくなる。新規事業への立候補者がいなくなる。顧客への提案が受け身になる。
こうした小さな変化が積み重なり、企業の競争力を静かに蝕んでいくのです。
経営者や管理職が本当に警戒すべきなのは、退職者ではありません。何も言わなくなった社員です。不満を口にする社員は、まだ会社に期待しています。本当に危険なのは、期待することをやめてしまった社員です。
では、どうすればよいのでしょうか。