
国が「貯蓄から投資へ」との方針を掲げるなか、日本でも近年NISAやiDeCoを活用した資産形成が広がりつつある。しかし、「NISAやiDeCoをしていれば安心なのか」というと、必ずしもそうとは言い切れない――。『世界の超富裕層がしている 「最初の1億円」の作り方』(KADOKAWA)より、小原正徳氏が積立投資に潜む「3つの罠」を暴く。
「積立30年・4000万円」に潜む“致命的な罠”
具体的で、リアルなモデルケースで考えてみよう。ここに、Aさんという30歳の会社員がいる。年収は600万円。あなたと同じように、将来のためにと一念発起し、NISAを始めた。毎月5万円を、世界経済の成長を信じてインデックスファンドに投資。仮に年利5%で運用できるとして、それを30年間、毎月欠かさず積み立て続けたとする。
30年後の60歳、定年が見えてくる頃。彼のNISA口座には、いくらの資産が築かれているだろうか?
答えは、約4000万円である。素晴らしいと思うかもしれない。元本1800万円が、複利の力で2倍以上に膨れ上がっているのだから。しかし、ここからが本題だ。この「4000万円」という数字には、あなたの未来を静かに、しかし確実に蝕む、3つの致命的な罠が潜んでいるのだ。
1.4000万円の資産価値は、30年後わずか「約2200万円」に
日本の物価上昇率を、世界的には極めて控えめな「年平均2%」と仮定してみよう。この場合、30年後の物価は、現在の約1.8倍になる。つまり、あなたが人生で最もエネルギッシュな30年間という、二度と戻らない貴重な時間を捧げて築き上げた4000万円の資産価値は、現在の価値に換算すると、わずか約2200万円にまで目減りしてしまうのである。
生命保険文化センターの調査(2025年度)によれば、「ゆとりある老後」を送るために必要な資金は、夫婦で月々約39万円と言われている。これを現在の価値で計算すると、65歳から90歳までの25年間で、受給金額にもよるが年金以外に約3800万円が必要になる計算だ。
お分かりだろうか? あなたが30年間真面目にコツコツと努力を続けた結果、ようやく手に入るのは、「ゆとり」にはほど遠い生活だ。よくて病気や介護といった不測の事態に怯えながら暮らす「ギリギリ普通の老後」であり、下手をすればそれすら叶わない可能性さえある。
そして、この「普通の老後」すら、もはや保証されたものではないという事実を突きつけよう。
野村総合研究所の調査によれば、日本社会は今、凄まじい勢いで「二極化」が進行している。純金融資産3000万円〜5000万円の「アッパーマス層」、つまりNISAでたどり着けるかもしれない“ささやかな成功者”の数が減少し、その上下の階層、つまり富裕層と、資産を持たないマス層が増えているのだ。
これは何を意味するか? 「普通」という名の立ち位置が、今まさに消滅しようとしているということだ。何もしなければ、あなたはインフレの波に押し流され、下の階層へと転落していく。NISAという安全運転は、もはや現状維持すら約束してくれないのだ。
かつて、私たちの親の世代には、信じられる「地図」があった。大企業という名の船に乗り、終身雇用という海流に乗っていれば、年功序列という追い風が、皆を「豊かな老後」という港まで運んでくれた。会社というシステムの中で懸命に働くことが、個人の豊かさと社会の成長を同時に実現する、美しい方程式だったのだ。
しかし、その船はもう沈みかけている。海流は止まり、風向きは変わった。かつての美しい方程式は、低成長という現実の前に、もはや機能していない。
私たちは、羅針盤なき海に、手漕ぎボートで漕ぎ出すことを余儀なくされた最初の世代なのである。
