東京本社への栄転を機に決意した「共依存」からの脱却
40歳の大台を過ぎたころから、A子さんの心には暗い影が広がりはじめます。「考えてみれば、これまで我慢や諦めの人生だったかも」。そんな思いが頭をよぎるようになったのです。
「私の人生はなんなんだろう」
「このまま50代・60代になって、そのうち母親の介護をしながら過ごすようになるんだろうか」
行き場のない不満と将来への強い不安が彼女を襲います。もしいまの生活に本格的な「介護」の負担がのしかかれば、手のかかる母親のことですから、A子さんの仕事やキャリアに壊滅的な影響が出るのは目に見えています。そうなれば収入が減るだけでなく、自分自身の老後資金を蓄えることすらできなくなってしまうでしょう。
「このままでは私の人生は本当に詰むわ」そんな生々しい恐怖が、A子さんの背中を強く押しました。焦燥感から、次第に母親との関係性にも刺々しい空気が流れはじめます。
そんなある日、A子さんに東京本社への栄転の話が舞い込んできました。営業成績もよく、取引先企業や部下からも信頼の厚いA子さんに、東京本社で新設される部門の女性管理職として、白羽の矢が立ったのです。もともとに対する上昇志向が強かったA子さんにとって、非常に名誉な話です。管理職としての責任は重くなりますが、仕事のやりがいは格段に上がり、なにより毎月の収入もアップします。
母親を置いていく罪悪感と、今度こそ自分の人生を取り戻したい思いが、彼女の胸の中で激しくぶつかり合いました。最終的にA子さんの背中を押したのは、「これが最後のチャンスかもしれない」という切迫した決意。
実家のある北関東と東京は、決して通えない距離ではありません。しかし、本社の管理職となれば残業は避けられず、終電を逃す日が出てくることも容易に想像できました。毎日の激務をこなしながら遠距離通勤を続けるのは、体力的にも現実的ではありません。終電に間に合わない日が出てくることなども考え、A子さんは熟考の末、実家を出て東京で一人暮らしを始めることを決断します。
「このままベッタリと一緒にいたら、自分だけでなく、結果的に母のためにもならない」
親に頼り、夫に頼り、そして今度は一人娘に頼り続けてきた母親です。一人で生活していくことがどれほど困難か、A子さんには痛いほどわかっており、後ろ髪を引かれる思いでしたが、あえて冷たく突き放す道を選びました。
A子さんが東京行きを告げると、母親は予想どおり激しく泣き叫び、A子さんの腕を掴んで子どものように転居を拒みました。A子さんは何度も母親の手を振り払い、少し落ち着いたタイミングを見計らいながら、病院への行き方や機械の操作方法などを根気強く教えました。また、転居後も週末などにはできるだけ様子を見に帰ることを約束し、母親の高校時代の友達などにも気にかけてもらえるよう声をかけて、「生活費で足りない分は仕送りするからね」と約束。そうやって一つひとつの不安を潰すように約束を交わし、A子さんはついに東京への転勤を実現させたのです。
絶望の淵に立たされた母親のその後
娘が出ていった家で、こちらもA子さんと同じく人生で初めて一人暮らしをするA子さんの母親を待ち受けていたのは、底知れない不安と恐怖でした。母親には「娘に捨てられた」という意識しかありません。
もし娘からの仕送りが途絶えてしまえば、手元に残るのは毎月7万円の国民年金と、わずかながらの貯蓄だけです。いくら持ち家で家賃がかからないとはいえ、毎月の光熱費や食費、そして持病の医療費を差し引けば、単身の家計でも赤字となります。
実際、これまでの生活もA子さんのしっかりとした収入があったからこそ成り立っていた「綱渡りの家計」でした。母親は、娘の経済的援助が止まれば数ヵ月で貯蓄が底をつき、一気に生活が破綻するという「老後破産のタイムリミット」を嫌でも意識せざるを得ない状況に追い込まれたのです。
かつてテレビのニュース番組で見た孤独死の特集が、何度も脳裏をよぎります。「自分も孤独死して、数日間は誰にも発見されなくなるのではないか?」押し寄せる経済不安と孤独感に耐えかね、転居当初の母親は、毎日のように東京のA子さんへ電話をかけ続けました。
そんな母親を助けてくれたのは、夫を亡くして一人暮らしをしている高校時代からの友達でした。娘の上京を知ったその友人は、閉じこもりがちだった母親を強引に外へと連れ出し、寂しくて仕方がない夜には泊まって一緒に過ごしてくれたのです。
毎日のようにかかってきた母親からの電話は、友人が外に連れ出してくれるおかげか、だんだんと減っていきました。それと比例するように、A子さんが実家へ帰郷する間隔も、少しずつ長くなっていったのです。
離れて暮らすようになってから、およそ1年が経とうとしたある週末のこと。A子さんは久しぶりに実家を訪ねました。そこで彼女を出迎えたのは、子猫を抱っこした、明るい顔の母親だったのです。
「さみしいから野良猫を拾ってきて飼ったのよ」「最近は友達と温水プールに通っているの」と嬉しそうに話してくれました。
ペットを飼育することにも、スポーツを始めることにも、一定の維持費やお金がかかります。国民年金だけの母親にとっては決して小さな出費ではありませんが、A子さんはなによりも、母親が自らの意志で人生を楽しんでいるという事実に胸が熱くなりました。
もしあのとき、罪悪感に負けて東京行きを諦めていたら、二人の関係は共依存のまま破滅へ向かっていたかもしれません。あえて「冷たい突き放し」を選択したからこそ掴みとることができた、親子の穏やかな日々に、A子さんは心からの安堵を覚えるのでした。
川淵 ゆかり
川淵ゆかり事務所
代表
