◆「モラハラ」の安易な乱用が招く“本当の問題”
さらに、この騒動で興味深かったのは、「モラハラ」という言葉の使われ方だ。近年のSNSでは、誰かの行動に違和感を覚えると、すぐに「ハラスメント」というラベルが貼られるケースが少なくない。様々なハラスメント問題の専門家として知られる新田龍氏も今回の件について、「『自分が気に入らない』ことを『ハラスメント』と都合よく言い換えるのは、実際にハラスメント被害で苦しんでいる当事者にとって迷惑でしかないんで、本当に止めて頂きたい」と苦言を呈している。
この指摘には一理ある。もちろん、実際に支配的な関係性や強制が存在するなら深刻な問題だ。しかし今回については、当事者からそうした情報は一切出ていない。それにもかかわらず、「年子だからモラハラ」と結論づけてしまうのは、論理が飛躍していると言わざるを得ないだろう。
◆年子出産を巡る価値観の違い
一方で、年子出産に対する価値観そのものは、国や文化によって異なるのも事実だ。大谷夫妻が居住するアメリカでは、日本よりも年齢差の近いきょうだいを持つ家庭が比較的多く、育児をまとめて終えたいという考え方も一定数存在する。
もちろん、これが正解という話ではなく、子供同士の年齢差を空けようと考える家庭もあれば、年子を望む家庭もある。どちらにもメリットとデメリットが存在する。
重要なのは、「自分ならこうする」と「相手もそうあるべき」は別物だということだ。SNSではしばしば、この境界線が曖昧になるのは今に始まったことではないだろう。
第2子誕生という祝福のニュースが、いつしか「年子出産は是か非か」という価値観のぶつかり合いへと変わった今回の騒動。その熱量の大きさこそが、SNS時代を象徴する光景だったのかもしれない。
文/日刊SPA!編集部

