◆■「温泉をわかってない」のは、本当に彼らだけ?
今回のエピソード、湯船に飛び込んでバシャバシャと遊び始めた外国人観光客の親子。注意した常連のおじいさんがロビーでぽつりとつぶやいた「温泉をわかってないなあ……」という言葉には、怒りよりも、少し寂しさのようなものが滲んでいます。ちなみに日本政府観光局(JNTO)によると、2025年の訪日外国人数は4,268万人で過去最高。前年(約3,687万人)から580万人以上も増えました。山鹿温泉のような地方の名湯にも、海外からのお客さんが足を運ぶようになった、ということでもあります。
ただ、ここで少し立ち止まりたいのは――「湯船は静かに浸かるもの」「身体をきちんと流してから入る」といった作法は、日本で生まれ育っていれば自然に身につくものでも、ほかの国の人にとっては必ずしも“常識”ではない、ということ。プールやジャグジー文化のなかで育てば、湯船を見たときに「跳び込んで遊ぶ場所」と感じてしまうのも、無理のないことかもしれません。
◆■それでも、湯けむりの向こうで
もちろん、だからといって「何をしてもいい」というわけではありません。今回の父親は、常連のおじいさんに注意されたあとは、ちゃんと大人しく湯船の隅で過ごしていました。短いジェスチャー混じりの英語でも、伝えれば伝わる――そのことを、おじいさんは静かに教えてくれた気がします。考えてみれば、自分が海外を旅したとき、現地のマナーをすべて完璧に理解できているかというと、たぶんそうではない。知らずにやってしまったことを、誰かが穏やかに教えてくれたら、きっと残りの旅は少しだけ豊かなものになる。逆の立場になったとき、自分はどんな声のかけ方ができるだろう――。
湯船にゆっくり身体を沈めて、肩の力を抜いて、ふぅーとひと息。次に湯気の向こうで誰かが慌てていたら、ちょっとだけ優しい一言を添えられる人でありたいなと、自分への戒めも込めて思います。

【藤山ムツキ】
編集者・ライター・旅行作家。取材や執筆、原稿整理、コンビニへの買い出しから芸能人のゴーストライターまで、メディアまわりの超“何でも屋”です。著書に『海外アングラ旅行』『実録!いかがわしい経験をしまくってみました』『10ドルの夜景』など。執筆協力に『旅の賢人たちがつくった海外旅行最強ナビ』シリーズほか多数。X(旧Twitter):@gold_gogogo

