◆一本待って並んでいたのに
山口誠さん(仮名・40代)が遭遇したのは、駅のホームでの出来事だった。利用している駅は始発駅のため、一本待てば座れるという。「私は毎朝、あえて一本見送って座るようにしているんです」
その日も列に並び、次の電車を待っていた。すると、前に並んでいた学生のもとへ友人らしき人物がやってきたのだ。すると、自然な流れで列の途中へ入り込んだという。周りの人たちも気づいていたようだったが、誰も何も言わなかったそうだ。
「一人割り込まれると、座れるか座れない微妙な位置に並んでいたんです。注意したほうがいいのかなとも思いました。でも、朝から揉めるのも面倒ですし……」
山口さん自身も、結局は黙ったまま様子を見ることしかできなかった。
◆スーツ姿の男性が放った一言
モヤモヤした空気が流れる中、突然後ろから落ち着いた声が聞こえてきた。声の主は、山口さんの後ろに並んでいたスーツ姿の男性だったという。「怒鳴るわけでもなく、本当に落ち着いた口調で『一番後ろに並びなさい!』と言いました」
そのひと言には、不思議な説得力があったという。学生も、自分が割り込んでいるという自覚があったのだろう。会釈をすると、気まずそうな表情で列を離れ、最後尾へ向かった。
その姿を見たとき、山口さんの胸につかえていたものが消えた。
「ルールを守るのは当たり前なんですが、その当たり前をきちんと伝えられる人って意外と少ないんですよね」
自分では言えなかった一言を代わりに伝えてくれた男性。その姿が、とても頼もしく見えたという。
「おかげで、朝から気持ちよく出勤できました」
電車では個人のマナーが大いに問われる。だが、不快に感じても声をあげにくい空気があるのは事実だ。自分の何気ない行動が周囲の迷惑になっていないか、あらためて意識する必要があるだろう。
<取材・文/chimi86>
【chimi86】
2016年よりライター活動を開始。出版社にて書籍コーディネーターなども経験。趣味は読書、ミュージカル、舞台鑑賞、スポーツ観戦、カフェ。

