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キョンシー映画の金字塔『霊幻道士』から40年。47歳になった“テンテン”が振り返る、過酷な撮影現場の舞台裏

キョンシー映画の金字塔『霊幻道士』から40年。47歳になった“テンテン”が振り返る、過酷な撮影現場の舞台裏

◆多忙を極める裏で学校生活は…

――共演者には、お兄様を含めた同年代の男の子たちがいました。関係性はどうでしたか。

シャドウ・リュウ:私は楽しかったですけど、みんなは嫌だったんじゃないかな。男の子同士で遊びたいのに、私がどこにでもついていってたので。

――遊ぶ時間はあったのですか。

シャドウ・リュウ:なかったですね。仕事がない時は、学校に行って遅れた分を取り戻さないといけないので。ただ、もし時間があっても遊べなかったと思います。いじめられていたので。

――そうなんですか?

シャドウ・リュウ:まず、先生がみんなの前で私に「特別扱いすると思ったら大間違いだぞ」と言って。私のカバンをクラスメイトがひっくり返して中身を全部出されるみたいなこともよくありました。

――人気者へのやっかみみたいな感情なのですかね。

シャドウ・リュウ:どうでしょうね。学校には全然来ないし、テストの時だけ来るのが特別扱いみたいで嫌だったのかもしれないですね。兄も同じような目に遭っていたみたいですし。

◆バブル期の日本で受けた破格の待遇

――『幽幻道士』は台湾だけでなく日本でもヒットし、それを受けてTBSが出資したテレビドラマ『来来!キョンシーズ』も始まります。

シャドウ・リュウ:その時期は、台湾の『幽幻道士2』の撮影とも重なっていたので、経済的に撮影時間が倍になりました。やはり寝れないのが辛かったですね。

――日本でブームになっていることは知っていましたか。

シャドウ・リュウ:今みたいにインターネットもないですし、撮影に忙しかったので、全然知らなかったです。

――「日本でも流行っている」と感じた瞬間はいつですか。

シャドウ・リュウ:プロモーションで日本にきた時ですね。

――イベントの集客がすごかったとか?

シャドウ・リュウ:その前です。空港に降りたら何百人も人が集まっていて、「きゃー!!」と。私たちの後ろから、有名人でも来ているのかと思って、キョロキョロしちゃいました(笑)。

――有名人は自分だった(笑)。当時日本はバブルで好景気でした。「儲かりたい」と受けたテンテン役ですが、収入もすごかったのではないですか。

シャドウ・リュウ:子どもなので、お金のことは全然わかっていませんでした。でも、いつもボディーガードが付くようになったので、なんかすごいなと思いましたね。ホテルにいても、窓から下を見たら入り口にファンの方がビッシリいるので、出る時はボディーガードに囲まれながらでした。

――まさにVIPですね。

シャドウ・リュウ:沖縄に行ったときに、父が買い物をしたいということだったので、商店街にいったんですよ。そしたらお店の外に人が集まって出られなくなっちゃって。ボディーガードの方に、持ち上げてもらって出ました(笑)。

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期せずして時代の寵児となるも、舞台裏での素顔は私たちの知らないもので、辛さを抑え込んでいた部分もあった。それでも、人前に出る喜びをつかんでいった彼女は、キョンシーシリーズ終了後も日本と台湾で芸能活動を継続した。現在は台湾で次のステップを見据えながら暮らしている。

<取材・文/Mr.tsubaking 写真/「幽幻道士&来来!キョンシーズ コンプリートBDーBOX」(アット エンタテインメント)>

【Mr.tsubaking】
Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。
配信元: 日刊SPA!

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