◆善意の強要? 西野カナ騒動に見る「同調圧力」
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— 西野カナ (@kanayanofficial) July 14, 2026
スタッフ
これは「アンコールサプライズ」と呼ばれ、アンコール前にファン同士でヒット曲を歌い、アーティストの再登場を盛り上げる恒例の演出だといいます。しかし、その参加を見ず知らずの来場者に半ば強要するようなケースがあり、西野さんの公式サイトは「周囲のお客様への歌唱や声援の強要はおやめください」と声明を発表。節度ある行動を呼びかけました。
ネット上では、「ライブにはそれぞれ違う楽しみ方がある」「アンコールサプライズ自体を知らない人もいるのだから、公式が注意喚起したのはよかった」といった意見が多くの支持を集めています。
同様の問題は以前から存在していました。たとえば、特攻服姿の私設応援団による矢沢永吉さんの「永ちゃんコール」をめぐっても、一緒にコールをするよう周囲へ圧力をかける行為がたびたび議論になっています。
もちろん、こうした強要は論外です。見ず知らずの他人に、自分たちのルールや楽しみ方への同調を求めることは、法的な問題以前に常識の問題でしょう。その意味では、西野さん側の声明はかなり穏やかな表現であり、本来であれば、もう少し厳しい言葉で注意しても不思議ではありません。
◆感動は作れるのか? 本当の音楽に「指示」は不要
ただ、この問題にはもう一つ、あまり語られていない側面があります。それは、こうした「アンコールサプライズ」のような呼びかけが、本当にライブの感動や盛り上がりを生み出しているのかという点です。たとえば、ポール・マッカートニーが『ヘイ・ジュード』を歌えば、曲の終盤にある「ナーナーナーナナナナー」の大合唱は、誰かが音頭を取らなくても自然に始まります。サッカー・ワールドカップでも、ハーフタイムなどにボン・ジョヴィの『リヴィン・オン・ア・プレイヤー』が流れれば、スタジアム全体が自然と歌い始める光景は珍しくありません。
本当に人を動かす音楽には、それだけの力があります。観客は「盛り上がらなければならない」と指示されるから歌うのではなく、歌わずにはいられないから歌うのです。感動は、音楽そのものが持つエネルギーから自然に生まれるものであり、一部のファンの熱意によって作り出されるものではありません。
そう考えると、西野カナさんのアンコールサプライズや、「永ちゃんコール」を他人に強要する行為は、皮肉なことに「音楽だけでは足りない」と、最も熱心なファン自身が認めてしまっているようにも見えます。

