◆標的になった理由は「成績優秀だから」
――中学時代は成績優秀だったそうですね。有坂:成績はいわゆる“オール5”でしたね。模試の偏差値も72くらいだったと思います。
――なぜ不登校になったのでしょう。
有坂:成績が原因でもあります。当時の成績表は相対評価でつけられていて、“5”が取れる人は学年で限られた人数でした。中3のとき、「学校に来させなければ相対的に自分の評価が上がる」と考えた人がいたらしくて、いじめの対象になりました。
――いじめの内容はどのようなものですか。
有坂:朝、読書の時間があるのですが、バスケットボールをしつこく私に投げつけてきたことがあります。また、メールの送り主を偽装する手段を使って、私がぜんぜん関係ない男子に「死ね」と送ったように見せかけて、その男子から首根っこを掴まれたこともありました。プリントをぐちゃぐちゃにして渡されるとか、掲示板に私の名前があれば剥がして踏みつけるなんてのは、日常茶飯事でしたね。
――つらい経験だったと思います。高校受験もままならないですね。
有坂:それまで学年で一番成績がよかったのですが、出席日数が足りないので公立高校は絶望的になりました。したがって、自宅から通える私立高校に入学することになったんです。そこで軽音楽部へ所属しバンドを組んだことは、先ほどお話した通りです。
◆痛みに耐えかねて「母にLINEで遺書を送った」

有坂:そうですね。ピーク時は痛みのあまり死を考えるほどでしたから、当然、これまでのようには活動できません。海外では、安楽死を選択できる病気に指定されているほどなんです。
――死を考えるほど追い込まれていることを、誰かに伝えたことは。
有坂:ありますよ。友人の舞台に誘われて、本当は楽しく見たいのに痛みで頭がいっぱいになってしまったとき、帰りに電車に飛び込もうと思いました。母にLINEで遺書を送りました。母は、「死ぬな」とは言わなかったですね。「健康に産んであげられなくてごめん。代わってあげられなくて辛い」みたいな返信だったと思います。また、苦しんでいる様子をみて夫が「今殺してあげたら楽になるのかなと思って」と呟いたこともあります。そのくらい、症状が出たときはシリアスです。
――行動をしたこともある。
有坂:高層マンションの住人のあとをつけてマンションのなかに入って、最上階から身を投げようと思ったことはあります。この痛みがずっと続くよりは、一瞬で終わらせたいと思ってしまったんですよね。でも、遺書も忘れてしまったし、死ぬのにふさわしい格好ではないのでやめました。
――人格や思考をも変えるほどの痛みなんですね。
有坂:痛みの正体は医学的にもよくわかっていないようです。ただ、私が現在ピーク時よりは痛みが少ないのは、精神的な落ち着きを得たことも無関係ではないかもしれません。
私はまったく覚えていないのですが、痛みが最高潮のとき、実家で過ごした期間がありました。そのときはフォーカルジストニア(※)を併発しました。ある日、「ねぇ、あのときどうしてぬいぐるみを捨てちゃったの?」と両親に私が聞いたそうで……。それから、「どうしていつも『できない』『無理だ』って言うの? 『できる』って言ってよ!」と怒鳴って泣き続けたらしいです。母は私を宥めながら、一緒に寝てくれたということでした。私はしばらく泣いていたけど、やがて眠りに落ちたのだそうです。
※フォーカルジストニア:特定の動作時において、意図しない筋肉の硬直があったり、勝手に動いてしまう運動制御障害のこと
――それ以来、ピークのときほどは痛まない。
有坂:もちろん、座薬を入れながらライブに臨むこともあるので痛みはあります。しかし、「死にたくなるほどの痛み」の回数は少なくなりました。もしかすると、ずっと親に言いたかったことを言えたのが関係しているのかもしれません。

