アテネ五輪チームスプリントで銀メダルを獲得し、KEIRINグランプリを2度にわたって制覇していた競輪の伏見俊昭選手が2026年7月18日に死去した。50歳だった。

25年9月には3年10か月ぶりに優勝、通算600勝を記録
松阪けいりんの公式サイトは19日、「伏見俊昭選手の逝去について」とのお知らせを通じ、訃報を伝えた。
「伏見俊昭選手(福島・75期)は、競走中の事故により、2026年7月19日、ご逝去されました」
伏見選手は高校時代に自転車競技を始め、競輪選手としてデビューした翌年にトップクラスのS級へ昇格。04年のアテネオリンピックでは、チームスプリントで銀メダルを獲得している。
50歳を迎えた現在でも現役選手として活躍し、25年9月18日のF1「山口健治杯」の最終日12R・S級決勝では3年10か月ぶりとなる優勝を果たし、通算600勝を記録していた。
スポーツ各紙によると、伏見選手は18日、三重県松阪市の松阪競輪場の12Rに2番車で出走。最終コーナーで落車した前方2選手を避けようとして外側の金網に激突。衝撃で落車し、松阪市内の病院に救急搬送されていた。死因は頸髄損傷だったという。
生前最後のブログでは「今回も三日間無事に悔いの無いレースが出来ますよう」
伏見選手は15日、自身のブログを通じて「今日から松阪競輪場に行ってきます!」と報告していた。
「今回は一年ぶりとなるスポンサーさんの冠レース【大正カラーカップ】に参加してきます!」
「松阪開催は準地元という位置付けでもありますし何よりお世話になっている企業さんの冠レースなのでいつも以上に気合いが入りますね!」、「今回も三日間無事に悔いの無いレースが出来ますよう皆さまからの温かいご声援どうぞ宜しくお願い致します」とつづっていた。