「毎日の充実感」というお金以上のリターン
ホームセンターで働き始めて、野村さんの生活は変わりました。朝決まった時間に起き、身支度をして職場へ向かいます。同僚と話したり、体を動かしたりすることで適度な疲労感があります。夜はぐっすり眠れるようになり、気づけば体重は元に戻っていました。
「メーカーで長年培った知識を生かしたい」と自ら担当を申し出たDIY用品売場では、来店客から工具や部品について相談を受けることも少なくありません。お礼を言われると「まだ自分にも人の役に立てることがあるんだ」 とやりがいも感じます。
妻とも適度な距離感が生まれ、以前より穏やかに過ごせるようになりました。アルバイトで得る収入は、生活費には一切入れず、夫婦での旅行や孫へのプレゼント代に充てています。
「資産や年金を取り崩すのはどこか気が引けます。でも、自分で稼いだ『お小遣い』なので、本当に気持ちよく使えるんです」
そう話す野村さんの表情からは、当然ですが「働かなければ生活できない」という悲壮感はまったく感じられません。
肩書やプライドに固執しない――「働くかどうかを自分で選べる」という豊かさ
老後に向けて資産を準備することは、とても大切です。一方で、実際に退職後の生活が始まると、多くの人が直面するのは、「お金が足りるか」という問題だけではありません。
「毎日をどう過ごすか」「社会とのつながりをどう持ち続けるか」という課題に戸惑う人は少なくありません。仕事は収入を得る手段であると同時に、
・生活リズムを整える
・人と交流する
・社会との接点を持つ
・誰かの役に立っている実感を得る
という役割も担っています。 だからこそ、お金に困っていなくても、「生きがい」として働くシニアもいるのです。
かつての肩書やプライドに固執せず、これまでの経験をどう社会に還元するか。その折り合いさえつけられれば、経済的な余裕という地盤の元に「生活のため」ではなく、「楽しいから」「誰かの役に立ちたいから」という理由で働く選択ができます。
適度に体を動かし、人とのつながりを持ち続けることが、結果として将来の病気や介護のリスクを抑えることにもつながるかもしれません。
「もう働かなくてもいい」のではなく、「働くかどうかを自分で選べる」。 それもまた、現役時代に築き上げた老後資金が私たちに与えてくれる「豊かさ」のひとつなのではないでしょうか。
伊藤 寛子
ファイナンシャル・プランナー(CFP®)
