元プロ野球選手でタレント・野球解説者などとして活躍した板東英二さんが2026年7月22日に死去した。板東さんの公式サイトで28日に発表された。

「波瀾万丈ながらも故人らしい人生を送ることができました」
板東さんは1956年に徳島県立徳島商業高等学校へ入学し、野球部のエースとして活躍した。58年の夏の甲子園大会準々決勝では魚津高校(富山)の村椿輝雄投手と史上初の延長18回を0対0で引き分け、翌日の再試合で勝利。粘り強い投球で甲子園のスター選手として活躍し、中日ドラゴンズに入団した。1年目の59年から一軍で起用され4勝を挙げ、61年には開幕投手も務めた。
プロ人生で77勝65敗の成績を残し、引退後は野球解説者、俳優、タレントなどとして活動。連続テレビドラマ「金曜日の妻たちへII 男たちよ、元気かい?」「毎度おさわがせします」や、クイズバラエティ「クイズ! ヘキサゴンII」(フジテレビ)、バラエティ番組「水曜日のダウンタウン」などでも活躍し、幅広い世代に人気を博した。
板東さんの公式サイトは2026年7月28日午後、「突然のお知らせとなりますが、板東英二は、令和8年7月22日に慢性心不全のため永眠いたしました。享年86歳でした」と報告した。
「急な旅立ちとなり私共も心の整理がつきませんが、晩年は、周りの皆様が最後まで本当にあたたかく見守ってくださったお陰で、家族に囲まれ穏やかな時間を過ごせましたこと、故人にとっては何よりの幸せだったと思います」
「たくさんの方々に支えられ、波瀾万丈ながらも故人らしい人生を送ることができました」としている。
「自分は長嶋さんより契約金が高かったんだ!」
SNSでは、「甲子園での1試合25奪三振はとんでもなかった」「野球選手からドラマ俳優、バラエティでもよく見かけた。多才な人だったなあ」「水ダウでの坂東さんが面白くて好きでした」など、惜しむ声が相次いだ。
関係者らからも、悲しみの声が上がっている。
タレントの黒柳徹子さんは、インスタグラムに板東さんとの写真を公開し、「板東さんの訃報を聞いて」とコメントした。
「板東さんとは本当に長いお付き合いでした」といい、「一番長くご一緒したのは『世界・ふしぎ発見!』です」。
「板東さんはいつも私のことを『お母さん』と呼んでいました。私は『あなたを産んだ覚えはない』なんて言っていましたが、その『お母さん』という声が、今でも耳に残っています」と故人とのエピソードを明かした。
「板東さんは、ご苦労も多い人生だったと思いますが、いつも明るく、『自分は長嶋さんより契約金が高かったんだ!』と誇らしげにお話していました。今ごろ天国で長嶋さんに再会して、『やっぱり僕の方が高かったよね』と、笑いながら話していらっしゃるかもしれませんね」とつづった。