医師の事業承継――成功の鍵は「個人」と「法人」のスキーム選択にあり【公認会計士が解説】

医師の事業承継――成功の鍵は「個人」と「法人」のスキーム選択にあり【公認会計士が解説】

個人版事業承継税制という「強力な武器」

個人診療所の承継には、実務の煩雑さというデメリットがある一方で、それを補って余りある強力なメリットが存在します。それが「個人版事業承継税制」です。

制度の概要

この制度は、一定の条件を満たすことで、後継者が負担すべき贈与税・相続税の全額が納税猶予され、最終的には実質的に税負担がゼロになり得るという、極めてインパクトの強い優遇措置です。

医業承継における最大の懸念事項である「納税資金の確保」という問題を解決する、まさに「強力な武器」と言えるでしょう。

適用対象の明示

この税制が適用される「特定事業用資産」には、診療継続に不可欠な以下の資産が含まれます。

●    土地:400㎡まで
●    建物:800㎡まで
●    設備等:診療機器、備品、車両などの医業用資産

期限の強調:迫りくる「2028年の壁」

本制度を利用する上で、経営者が最も警戒すべきは「期限」です。これは永続的な制度ではなく、厳格なタイムリミットが設定された時限措置です。

●    承継計画の提出期限:2028年(令和10年)9月末まで
●    制度の実施(贈与・相続)期限:2028年(令和10年)12月末まで

計画の策定から都道府県庁への提出、そして実際の認定までには相応の時間を要します。2028年という数字は、単なる未来の予定ではなく、今すぐに意思決定を開始しなければ間に合わない「デッドライン」として認識すべきです。

医療法人の承継スキーム:「法人を引き継ぐ」という考え方

医療法人の承継は、個人とは対照的に「パッケージとしての引き継ぎ」が基本となりますが、そこには「持分」という目に見えない、かつ重大なリスクが潜んでいます。

法人承継のメリット

法人の最大の強みは、運営主体が同一のまま維持されるという「連続性」にあります。

従業員の雇用契約も、患者との信頼関係も、取引先との契約関係も、さらには行政上の許認可さえも、法人という「箱」の中に収められたまま維持されます。後継者は「理事長の交代」という手続きを主軸に、事業を一体として引き継ぐことができるため、対外的な信用を毀損しにくいという利点があります。

「持分あり医療法人」のリスク

しかし、承継の核心部に足を踏み入れると、話は一変します。特に「持分あり医療法人」の場合、承継の本質は「持分(出資の権利)」の移転です。持分とは、出資者が法人の財産に対して持つ権利であり、これが承継における最大の難所となります。

税務の難所:内部留保という「地雷」の正体

長年の経営努力によって法人の内部留保が蓄積されている場合、持分の評価額は当初の出資額を遥かに上回り、驚くほど高額になっているケースが多々あります。

●    課税リスク:この高額な持分を贈与や相続で移転させる際、多額の贈与税・相続税が課されます。法人の器を使っているがゆえに、資産が法人内にロックされ、納税資金が個人側に不足するという事態に陥りやすいのです。


●    払戻し請求権の恐怖:持分には「退社時に法人に対して時価での払戻しを求める権利」が付随しています。もし承継に際して、一部の親族や出資者がこの権利を行使すれば、法人のキャッシュが一気に流出し、診療所の運転資金を枯渇させ、経営破綻を招くリスクすらあります。

制度適用の可否:決定的な格差

ここで強調すべきは、前述の「個人版事業承継税制」は、医療法人には一切適用できないという事実です。法人の形態を選択している以上、個人向けの強力な税制優遇ルートは閉ざされています。法人化による節税メリットは運営期間中には享受できても、承継局面では逆に重い足かせとなる「逆転現象」が起こり得るのです。

あなたにおすすめ