長男家族との同居が成り立たなかった理由
Aさん夫妻を心配し、受け入れてくれた長男家族。しかし、仕事や子育てのある家族と暮らすなかで、二人に割り当てられたのは約6畳の子ども部屋として使う予定の部屋。いずれは孫が必要としますし、忙しい二人に浴槽やトイレなど、介護のためのリフォームをお願いするわけにもいきません。厚意をありがたく思いながらも、二人には「いつまでも世話になるのは申し訳ない」という気持ちが募りました。
公営住宅での新しい暮らし
そこで別の住まいを探したところ、公営住宅の要件を満たしていることがわかり、入居することとなりました。そこでは、希望の介護サービスも受けられます。
「まさか、自分たちが公営住宅に住むとは思いませんでした」
夫妻はそう笑いながらも、「立地がいいし、介護サービスの担当者についても相談しやすい。なにかあれば相談できるので、充分です」と話します。
2度の引っ越しを機に、長年溜め込んでいた持ち物もたくさん整理でき、身軽になりました。引っ越し作業を進めていく過程で、子どもたちに生活状況を詳しく知ってもらえたことは、予想外の収穫だったそうです。
Bさんは振り返ります。
「引っ越したいと思っても、自分たちだけではどうすることもできなかったと思います」
今回、夫妻が住まいを変えられたのは、家族や周囲の力を借りられたからです。「子どもたちに迷惑をかけたくない」と考えるのは、親として自然な思いでしょう。
しかし、安心できる介護サービスがないまま自宅で頑張り続け、Aさんの妻の心身にも限界が訪れていたら、どうなっていたでしょうか。ある日突然、生活が立ち行かなくなれば、子どもたちは仕事や子育てを続けながら、介護、住み替え、家財整理、施設探しなどを一度に引き受けることになったかもしれません。
「マイホームでこのまま暮らす」ことだけを基準にしない
老後の住まいを考える際は、持ち家か賃貸かといった「かたち」から入るのではなく、暮らし全体が無理なく続くかを見ることが大切です。
必要な介護や医療を選べるか。車を運転できなくなっても生活できるか。夫婦のどちらかが一人になっても家を維持できるか。住み替えや家財整理を自分たちだけで進められるか。難しい場合、誰に相談ができるか。住まいは、介護や家族関係、家計、地域のサービス、将来の施設入居まで含めて考える必要があります。
家は、財産のなかで最も大きく、最も目に入りやすい存在です。だからこそ私たちは、老後の安心を考えるとき、つい「家でこのまま暮らす」という家を維持する視点に引っ張られてしまいがちです。しかし、今回の危機でAさん夫妻の暮らしを支えたのは、持ち家ではありませんでした。困ったときに力を貸してくれる家族や事情を相談できる相手、周囲を頼り、これからのために自分たちも行動しようという自身の決断。暮らしを本当に支えているのは、こうした埋もれがちな財産のほうなのかもしれません。
家を手放すことは、これまでの人生を否定するものではありません。いわば、暮らしの変化を取り込んだ住み方のアップデートです。老後の安心とは、家を持ち続けることだけではなく、暮らしの変化に応じて、必要な助けや住まいを選び直せることなのではないでしょうか。
〈参考〉
一般職業紹介状況(職業安定業務統計)第21表
総務省 令和5年住宅・土地統計調査 住宅及び世帯に関する基本集計(確報集計)結果
https://www.stat.go.jp/data/jyutaku/2023/pdf/kihon_gaiyou.pdf
内田 英子
FPオフィスツクル代表
