親子だからこそ「期間・費用・役割」を曖昧にしない
子どもや孫が困っていれば、親は何歳になっても手を差し伸べたくなるものです。とりわけ、長く家庭を支える側に回ってきた人にとって、「娘の役に立つこと」は、自分の存在意義を再確認できる数少ない場面でもあります。そのため、身体が疲れていても「大丈夫」といってしまいがちです。
また、年齢を重ねるほど家族との気まずさを避けたい気持ちが強くなり、違和感があっても指摘を先延ばしにしやすいもの。正夫さんの質問に時間がかかったのも、無理はありません。
しかし、年金生活では収入を大きく増やすことは簡単ではなく、一度減った老後資金を取り戻すのも困難です。同居を受け入れるなら、少なくとも次の点は事前に決めておく必要があります。
生活費を毎月いくら入れるのか。いつまで住むのか。食事や洗濯、掃除、送迎を誰が担うのか。予定より長引いた場合はどうするのか――家族だからこそ、曖昧にしてはいけない話です。
親側も「空いている部屋があるから大丈夫」で終わらせず、修繕費や医療・介護費の見込みを差し引いた支援の限度を確認しておきたいところです。
美希さん夫婦の判断自体が間違っていたわけではありません。問題は、家計改善策のなかに両親の家とお金、時間を当然のように組み込んでしまったことです。親子であっても、それぞれに守るべき暮らしがあります。
あなたの家に、子どもが「しばらく住ませて」といってきたとき、「困ったときはお互いさま」という気持ちと同じくらい、「いつまで」「いくら」「誰が負担するのか」を、先に話し合えるでしょうか。
三原 由紀
合同会社エミタメ
代表
