【ローマ】パンテオンはどんな建物?2世紀から残る古代神殿


パンテオン, ローマPublic domain, via Wikimedia Commons

パンテオンはもともと紀元前1世紀に建設された神殿で、現在みられる姿は2世紀に再建された状態です。この記事では、1900年のときを超えたパンテオンの歴史と建築様式について現地の大学院生が解説します!

紀元前1世紀に最初に建てられた神殿パンテオン


パンテオン, ローマPublic domain, via Wikimedia Commons

パンテオンはローマのすべての神に捧げられた神殿であり、名前の「パンテオン」は古代ギリシャ語で「すべての神にまつわる」の意味があります。ギリシャ・アテネのパルテノン神殿と混同されることがありますが、全く異なる建造物です。

パンテオンは紀元前25年に建設された神殿が起源です。古代ローマ初代皇帝のアウグストゥスの側近により建設されましたが、のちに火事で焼失してしまいました。紀元後2世紀(120年頃)にローマ五賢帝の1人ハドリアヌス帝によりパンテオンが再建され、現在残っている建築はこの時代のものです。

1900年以上もこの地に残り続けていると考えると、古代ローマの建築技術がどれほど偉大だったか想像できますね。パンテオンは現在でも内部に入ることができるほど良い保存状態で残っており、いつも観光客でにぎわう人気のスポットです。

パンテオンの建築は大きく分けて2つのパートがあります。1つ目は入り口付近の三角屋根の部分でおおわれたポルティコ(柱列で支えられた玄関までの空間)と呼ばれるスペースです。パンテオンのポルティコは壁で覆われていないため、開放的な空間となっています。

2つ目はドームに覆われた部分で、建物の壁は全体的に円形で構成されています。ドームは現在でも世界最大級のものの1つであり、ローマ中心地では高い場所にのぼるとパンテオンの平らなドームを見ることができます。

一般的に入り口のポルティコ部分は「ギリシャ的」そしてドームのある建築部分は「ローマ的」と言われています。古代の2つの重要な文化が混ざりあい 、圧倒的な存在感がある独特な建築が生まれたのです。

なおドームの頂点には穴が開いており空を見ることができます。しばしば「雨をよける仕組みがある」と説明されることがありますが、これは誤りで雨が降ると雨粒が内部にぽつぽつ落ちてきます。

7世紀からパンテオンはキリスト教の教会に


パンテオン, ローマPublic domain, via Wikimedia Commons

古代ローマのすべての神をまつるために建設されたパンテオンですが、実は現在はキリスト教の教会としての役割があります。紀元後608-609年に聖母マリア・殉教者聖堂(Basilica Santa Maria ad Martyres)に転用されたためです。

実はローマにおいては、古代の神殿をキリスト教の教会のために再利用するのは珍しいことはありません。むしろ、教会への転用は古代神殿が現代まで生き残るためのほとんど唯一の方法でした。

古代ローマで信仰されていた神々は、一神教であるキリスト教にとっては異教であり、保持すべきではない存在でした。そのため多くの古代ローマ時代の神殿は破壊され、現在では残っていません。いくつかの神殿のみが教会として使われていたおかげで破壊を免れ、現在もローマの街の一部となっています。

パンテオンは外観からはそこまで教会らしさを感じませんが、内部に入ると十字架や聖母子像が設置されており、キリスト教の要素を感じられます。外観に比べると大理石の華やかな色使いで装飾されており、異なる雰囲気が楽しめます。

教会になってから長い歴史のなかで2つの鐘楼が追加されるなどの変更はあったものの(「ロバの耳」と呼ばれ非常に評判がわるかった)、原則的には古代の建築が大きく変更されることなく現在まで残りました。

関連記事: