●「こうのとりのゆりかご」はドイツの赤ちゃんポストがお手本
赤ちゃんポスト、正式には「こうのとりのゆりかご」が、熊本市慈恵病院で開設された背景には、1982年に来日したマザー・テレサの言葉があったと言います。
「それは『日本は美しい国だが、中絶が多く、心の貧しい国だ』というものです。この指摘がきっかけとなり、妊婦と胎児の命について考える団体『生命尊重センター』が設立されました。全国で啓発活動を展開するなかで、具体的なサポート体制を整えようと、2002年に慈恵病院で24時間体制の電話相談窓口が設置されることになったんです」(田尻さん、以下同)
その後、世界に先駆けて2000年にドイツで第一号の「赤ちゃんポスト」が設立され、2004年5月に生命尊重センターの誘いを受け、慈恵病院の医師と田尻さんと同センターの有志で視察。その先進的な取り組みに驚いたと当時を振り返ります。
「ドイツでは赤ちゃんが森の中やごみ箱に捨てられるケースが後を絶たなかったそうです。そこで、『命に対する権利は胎児にも及ぶ』という法律に基づき、生まれてくる子どもの尊厳を守るべく、赤ちゃんポストが開設されました。しかし、日本では、そうした法律がないので、行政主導では親が匿名で赤ちゃんを預けることはできません。そこで、周囲に妊娠を打ち明けられずに悩みを抱え込んでいる女性たちを救おうと、民間病院の慈恵病院でドイツにならって赤ちゃんポストを作ることになったのです」
●最優先すべきは宝物である“子どもの命”
「こうのとりのゆりかご」に預けられる子どもの背景はさまざま。若年層での妊娠や不倫を経た出産、子どもの障がいを受け入れられないなど、一つとして同じケースはないと言います。共通しているのは、いわゆる“普通の妊娠・出産”ではない状況で誕生したということ。
預けられた子どもは、親が育てられない「ネグレクト」を受けているということになり、最初に乳児院で一時保護され、3歳になったら児童養護施設に移されます。
「母親の育児放棄を助長する」「捨て子が増えるだけだ」と批判が絶えなかった赤ちゃんポストですが、開設10年で預けられる子どもの数は減少傾向にあるそうです。
「現状、赤ちゃんポストのような仕組みは、慈恵病院にしかありませんが、実際に預けられる子どもの多くは東京や大阪といった都市部からやってきます。熊本県内のケースとなると例年ごく僅かですので、育児放棄を助長することにはなっていないと言えます。たとえそうであったとしても、血の繋がりだけではなく、すべての子どもは国の宝として育てるべきだと考えています」
「こうのとりのゆりかご」に預けられて、養子縁組をした子どもと数年を経て面会をしたこともあるという田尻さん。心身ともに健康に育っている姿を見て、あらためて赤ちゃんポストの必要性を痛感したと語ります。
「ただ、本当は赤ちゃんポストがない社会が理想だと思っています。そのためにも、孤独になりがちな妊婦さんたちを支えることができる相談窓口も充実させ、支援を広げることが必要だと思います」
10年間で120人以上の子どもを救った「こうのとりのゆりかご」。その反面、いまだ乳児の遺棄事件がゼロになることはありません。現在、赤ちゃんポストは全国で慈恵病院だけの実施ですが、子どもを育てるにあたって困難を抱え名乗ることもできない母親に寄り添う支援は、どこの地域でも求められているのではないでしょうか。
(取材・文=末吉陽子/やじろべえ)