複数のアイデンティティを持つことで困難にも対応できる
仕事の副次的効果といえば、「礼儀作法が身に付く」、「スキルアップ」などを思い浮かべますが、岡本さんは次のように話します。
「私たちはたったひとつのアイデンティティだけで生きているのではありません。職業を持つことによって『教師としての自分』、『看護師としての自分』、『○○社の社員としての自分』など、複数の自分を持つことにより、自分と社会を見る“複数の目”を持つことができます。これには、様々なプラスの効果があり、なかでももっとも大切なことは、何か自分が壁にぶつかったとき、それに対応する考え方や視点、方法の幅が広がることです」(岡本さん、以下同)
アイデンティティとは、「本当の自分」、主体的に納得できる「自分らしい自分」のこと。「子どもの世話をしているときが私らしい」、「夫と過ごしているときが私らしい」、「ケーキ作りに没頭しているときが私らしい」といったように、人それぞれにアイデンティティが存在し、仕事をすることでさらにアイデンティティはしっかりします。
「アイデンティティがしっかりとすることで、“自分にはこれしかない”ではなく、“私には●●や▲▲、■■の世界と人がいる”というプラスの発想が持てると思います。仕事や社会は、うまくいかないことも多々ありますが、『それでも続ける持続力』、『懸命に努力しながら待つ力』、『状況に合わせて自分を変えていく対応力』は人間の底力となり、子育てのように長い年月をかけて子どもと関わり育て上げる力と共通するものがあります」
アイデンティティが増えると中年の危機も乗り越えやすい
言い方は悪いかもしれませんが、アイデンティティがしっかりするということは、“肝っ玉母さん”のように、明るく前向きで、どんな困難が立ちはだかっても乗り越えられる粘り強い女性へと成長するということ。その結果、ミッドライフクライシス、いわゆる中年の危機からも脱しやすくなるのだとか。
「人生の最盛期、順風満帆に思える中年期においても問題は潜んでいて、それらが顔を覗かせるのがミッドライフクライシスです。40代が近づき“子育てだけを懸命にやってきたけど、本当にこれでよかったのか? 今後もこのままで幸せなのか?”と今までのアイデンティティが揺らいでしまいます。そこで人は、自分と向き合い“いまの自分らしさ”を見つけて、アイデンティティを組み替え・立て直す必要があります」
ミッドライフクライシスは誰にでも訪れる出来事ですが、岡本さんの研究結果(*1)によると、複数のアイデンティティを持つ女性のほうが、その危機をうまく乗り越えやすいことがわかっているそうです。
最後に岡本さんは、こう話します。
「何よりも『主体性』と『自分にとって大切な人との関係性』の両方を大切にすることです。専門的な言葉でいえば、『個としてのアイデンティティ』と『関係性に基づくアイデンティティ』の両方を育て、バランスが取れていることが、女性が仕事と家庭役割を担いながら成長・発達していくためのキー・ポイントだと思います」
子どもの将来や両親の介護、老後資金、家族の病気など、これから先の人生には、幾度となく悩み、解決しなければならない困難な出来事が待ち構えています。それらを乗り越えるためにも、仕事を通じて新しいアイデンティティを見つけ、自分を成長させることは賢明なことだといえるでしょう。
(文・奈古善晴/考務店)
(*1)研究内容は以下の通り、書籍(著者・岡本祐子)になっています
・『中年からのアイデンティティ発達の心理学』(ナカニシヤ出版)
・『アイデンティティ生涯発達論の射程』(ミネルヴァ書房)
・『成人発達臨床心理学ハンドブック:個と関係性からライフサイクルを見る』(ナカニシヤ出版)