筆者の話です。
初めて東京駅で友人と待ち合わせた日、私は【中央口】の看板だけを頼りに動いていました。
けれど、そこから思わぬ行き違いが生まれて──
初めての東京駅
初めて友人と東京駅で会うことになり「中央口で待ち合わせね」と言われました。
地方の小さな駅しか知らない私は、案内板に【中央口】の文字を見つけた瞬間「ここだ」と信じ込み待つことに。
改札の規模も気にせず、緊張まじりにその場所で立ち続けていました。
下手に動いて友人と会えなくなる不安もどこかにあったのかもしれません。
巨大な駅に圧倒され、視線ばかりが落ち着かず、知らない景色を何度も見回していました。
「とにかく中央口と書いてあるんだから、ここで合っているはず」そう無理にでも思い込もうとしていたのです。
違和感の積み重ね
ところが、いくら待っても友人の姿は見えません。
行き交う人を何度も確認しても、それらしい気配はなく、胸の奥で小さな不安が膨らんでいきます。
何度も【中央口】と書かれている看板を確認し「間違っていないはず」と自分を鼓舞。
当時はスマホも普及しておらず、連絡手段も限られていました。
ただ看板を頼りに立ち尽くすほかなく、落ち着かない時間だけがじわじわと過ぎていったのです。

