奈緒は、友人・里奈から「拓也が好き」と告白される。「まだ、一線は越えていない」と言うが、心はすでに特別なものへとかたむいていた。
きっかけは、何気ない公園での会話
里奈と拓也はもともと家が近かった。徒歩10分圏内。子どもが生まれてからは、自然と公園で顔を合わせるようになっていたようだ。
「今日も公園行く?」
そんなかるい感覚で、メッセージを送り合う。最初は、本当にそれだけだったらしい。
子どもを遊ばせるついでに、大人同士も話す。育児のグチ、寝不足のつらさ、離乳食が進まない話──。どこの家庭にもある小さな不満を吐き出しながら、共感し合う…。
「わかるわ〜」
その一言があるだけで、救われる日もある。それは、私自身もそうだし、何度もそれに支えられた。共感できない話ではない。でも──。
里奈の声が、電話越しに少し低くなる。
「拓也を気になり始めたのは、あの日、"私と似てる"って思えたからなの……」
そう前置きして、話し始めた。
「里奈はわるくない」の一言
ある日の公園。子どもたちが砂場に夢中になっている横で、拓也がぽつりと言ったらしい。
「俺さ……最近、家帰るのがしんどい」
里奈は最初、冗談だと思ったという。でも、拓也は笑わなかった。
「何か言うとさ、全部、否定されるんだよな」
「それはちがう」「あなたがわるい」「だから出世できないんだよ」
そんな言葉が、日常的に飛んでくるらしい。里奈は思わず、言ったそうだ。
「……実は、うちもなんだよね……」
それが、始まりだった。
里奈の夫も似たところがある。大声は出さない。手も出さない。でも、言葉でじわじわ削ってくる。
「お前は要領がわるい」「俺が稼いでやってるんだろ?」
冗談みたいに言うけれど、笑えない。
「私がわるいのかなって、ずっと思ってた」
里奈はその時、初めて本音をこぼしたらしい。拓也は、真顔で聞いていた。
「……里奈はわるくないだろ」
静かで強い怒りが込められたような拓也のその一言が、里奈の胸に刺さったという。
否定されなかった。味方になってくれた。ただ、それだけ。でも、それがどれだけ救いだったか。
「奈緒……分かる?」
電話越しの声がふるえる。
──分かる。分かってしまう。
だれかに「あなたはわるくない」と言ってほしい夜があること。でも、その“だれか”が既婚の異性であることが、問題なのだ。

