こわい思いをしても、切れない縁
「……ほんとに、やばかった」
後日、里奈は公園で私にそう言った。目の下にうっすらクマがあり、少しやつれているように見えた。しかし、私は、正直少しだけ安堵していた。こわい思いをしたなら、目が覚めるかもしれない。
「もうやめなよ……拓也とのこと」
私ははっきり言った。
「一回、距離を置いたほうがいいよ」
里奈は静かにうなずいた。しかし、その直後──
「でも、奥さん…あんな言い方しなくてもよくない?私だって傷ついてるのに」
その瞬間、私は言葉をうしなった。論点がズレている。
「拓也もさ、俺のせいでごめんって言ってくれて。余計、わるいなって思って……」
あんなことがあってもなお、連絡は現在も完全には切れていないらしい。
“必要とされている”という感覚が、どうやら互いにまだ残っているようだ。修羅場を経験し、こわい思いをしたのに──それでも、手放せない。
私は強く言えなかった。2人とも、大切な友人だから。でも──
私はうまく言葉を選べないまま、ただいやな予感だけが、はっきりと形を持ち始めていた。
あとがき:「まだ何もしていない」という危うさ
「一線は越えていない。だから大丈夫」そう思いたくなる気持ちは、きっとだれにでもあるのかもしれません。けれど、“何もしていない”と“何も起きていない”は、同じではありません。
言葉のやり取り、「救われた」という感情、必要とされる実感。目に見えない心の動きこそが、関係を大きく変えていきます。
一度でも、家庭の外に「心の拠り所」を作ってしまったとき、もう完全な第三者ではいられないのかもしれません。
※このお話は、ママリに寄せられた体験談をもとに編集部が再構成しています。個人が特定されないよう、内容や表現を変更・編集しています。
記事作成: tenkyu_writing
(配信元: ママリ)

