王に仕える画家たち。宮廷画家の特権とその仕事
ディエゴ・ベラスケス『ラス・メニーナス』, Public domain, via Wikimedia Commons.
宮廷画家とは、王や女王に仕える専属の画家を指します。
・高額な年金を受け取れる
・当時主流であった画家組合の拘束を受けることなく活動できる
・画家組合の組合費を免除される
など、彼らには多くの特権が与えられ、さまざまな王族の姿を描いていました。
17世紀に宮廷画家として活躍したディエゴ・ベラスケス(1599-1660)は、スペイン絵画の黄金時代を代表する画家として知られています。24歳で宮廷画家に任命されてから61歳で没するまで、国王一家の肖像画や宮殿に飾る絵を制作しました。
そのベラスケスの宮廷画として最も有名なのが、フェリペ4世の娘であるマルガリータ王女を描いた『ラス・メニーナス』です。
この絵は画家であるベラスケスの視点ではなく、肖像画のモデルである国王と王妃の視点で描かれています。
このように、宮廷画家たちは王族たちのさまざまな姿を描きました。
しかし、その役割や表現方法は時代や国によって大きく異なります。これから紹介する3人の画家たちを通して、その違いを見ていきましょう。
マリー・アントワネットのお気に入り。女流画家ルブラン
ルイーズ・ヴィジェ・ルブラン『娘ジュリーとの自画像』, Public domain, via Wikimedia Commons.
18世紀のフランス。
王妃マリー・アントワネットのお気に入りとして、名声をほしいままにした宮廷画家がルイーズ・ヴィジェ・ルブラン(1755-1842)です。
パステル画家の父を持つルブランは、その抜きん出た才能によって、宮廷画家の地位を獲得しました。当時、女性の画家はまだ少なく、ルブランの躍進がいかに画期的だったかがわかります。
ルブランは、師であるジャン=バティスト・グルーズの描く感傷的な女性像から大きな影響を受けました。彼女の描く女性たちは美しさと愛らしさに満ち、当時のフランスで流行していたロココ趣味を広くヨーロッパに広めたと言われています。
ルブランはマリー・アントワネットの絵だけではなく、彼女の子どもたちや、ルイ16世の妹であるエリザベート王女の姿を描きました。
しかし、フランス革命によって王や王妃をはじめとした王侯貴族たちが処刑されると、ルブランは危険を逃れるため、ヨーロッパ各国を遍歴することになりました。
亡命先で受け入れられたルブランは、特にロシアの女帝エカテリーナ2世と近しい貴族の女性たちを描きました。
王妃のイメージアップを図った『マリー・アントワネットと子どもたち』
ルイーズ・ヴィジェ・ルブラン『マリー・アントワネットと子どもたち』, Public domain, via Wikimedia Commons.
そんなルブランの傑作として知られているのが、1786年に制作された『マリー・アントワネットと子どもたち』です。
この絵が描かれたのは、フランス国内でマリー・アントワネットへの不満が高まっていた時期でした。
1785年、マリー・アントワネットは“首飾り事件”と呼ばれる深刻なスキャンダルに巻き込まれました。それは、実に160万リーブル(日本円で数十億円相当と言われている)にも及ぶ首飾りをめぐるもので、財政難に苦しむ国民たちに大きな反発感情を生んだのです。
それを緩和するためにルブランが描いたのが、この肖像画です。
3人の子どもたちに囲まれ、“母”としてのアントワネットの姿を描いたこの作品は、古代ローマの政治家であるグラックス兄弟の母・コルネリアをイメージして制作されました。コルネリアには「あなたの一番美しい宝石はどれですか」と尋ねられた際に、「それはふたりの息子です」と答えた逸話があったためです。
この理想の母としてのイメージにアントワネットを重ねることで、国民からのイメージアップを図ったルブラン。宮廷画家には、ただ王族・貴族の姿を描くだけではなく、国民感情に訴えかける作品作りが求められました。
