「気づいた人がやる」家事ルールの落とし穴。「我慢できる人」と「できない人」の溝を埋めた仕組み

「気づいた人がやる」家事ルールの落とし穴。「我慢できる人」と「できない人」の溝を埋めた仕組み

筆者の話です。
「気づいた人がやる」という家事ルールを、いい決め方だと思っていました。
でもその裏で、いつも動いていたのは同じ人で──

気づく人

「気づいた人がやる」
我が家では、そんなふうに家事を回していました。
夫婦どちらかに負担を押しつけることもなく、相手を責める必要もない。

「今日は私がやるね」「あとでやっておくよ」
そんな言葉を交わさなくても回る、思いやりがあって角が立たないルールだと思っていたのです。

忙しい日もあれば、余裕のある日もある。
そのときできる人が動けばいい。
そう考えれば、いちいち声をかけ合わなくても、家庭はうまく回るはずだと信じていました。

積もる違和感

けれど現実は、少しずつ違っていました。
洗濯物がかごからあふれていても、シンクに食器が残っていても、気づくのはいつも私でした。

夫が見ていないわけではないはずです。
同じ空間にいて、同じ光景を見ている。
それでも、食器に手を伸ばす気配はありませんでした。

「あとでやろうとしているのかもしれない」
「今日は疲れているのかも」
そうやって自分を納得させながら、結局、我慢できなくなった私が動く。
そんな場面が、いつの間にか当たり前になっていました。

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