2026年3月11日。東日本大震災から15年を迎えたその日、福島県いわき市で起きた一件が今なおSNSなどで物議をかもしている。小名浜地区にある5つの中学校の卒業式に合わせた給食として用意された赤飯、約2100食分がすべて廃棄されたのだ。
いわき市教育委員会の給食献立表によると、同地区ではこの日「卒業お祝い献立」の主食として赤飯が予定されていた。しかし、赤飯を出すことに対して、1人の保護者から給食調理場に「震災発生日に赤飯はいかがなものか」という趣旨の連絡があり、市教委が「祝い事の象徴である赤飯の提供はふさわしくない」と判断。直前で中止を決め、献立を防災備蓄用のパンに変更した。結果として、赤飯は生徒の口に入ることなく、そのまま捨てられることになってしまった。
なぜ「中止」や「変更」ができなかったのか
多くの人が「前もってわかっていたはずなのに、なぜ当日になって捨てることになったのか?」と疑問に思うだろう。
ここには、学校給食という巨大なシステムに立ちはだかる壁がある。給食が届くまでには数カ月に及ぶ緻密な工程がある。まず、栄養教諭が国の基準に基づき、栄養や旬、コストを考慮した献立を約2〜3カ月前に作成する。その後、検討委員会で調理のしやすさや安全性が審査され、正式に決定する。食材は登録業者へ事前に発注され、当日の朝には「検収」と呼ばれる厳しい品質・温度チェックが行われる。調理現場では、食中毒を防ぐための徹底した衛生管理の下で作業が進む。このように、給食は契約と安全ルールに基づいたシステムで動いている。そのため、直前のメニュー変更や中止は、物理的にも契約的にも極めて難しい。
同市の服部樹理教育長は16日、「外部からの指摘があるまで、各学校給食共同調理場が作成する献立の内容を十分把握していなかったことについても課題があった」と認め、今後は給食献立のあり方について検討し、献立の情報共有を見直すことを表明した。
また、同市の内田広之市長は同日、教育長や市教委の職員と対話したことを明らかにし、震災当時に生まれた生徒の卒業であることを踏まえれば、廃棄が適切ではなかったことなど6点を教育長に伝えたという。今後は市長と教育長、市教委の連携強化を進め、市教委に強化の中心となる室長を専任で配置するとしている。
現場を追い詰める「見えない圧力」
では、なぜ廃棄せずに配る工夫ができなかったのか。その背景にも、現代の教育現場が抱える「複合的な悩み」が隠れている可能性がある。
文部科学省が公表した2024年度(令和6年度)の「公立学校教職員の人事行政状況調査」を見ると、精神疾患で休職する先生の数は過去最多レベルで高止まりしている。その要因のひとつとして、保護者や地域からの過度な要求、いわゆるカスタマーハラスメント(カスハラ)への対応が、現場の負担になっていることが指摘されている。
2025年4月にカスハラ防止条例が施行され、教育現場もその対象となっている東京都を筆頭に、各地で対策が進んでいる。都教委が作成した「学校と家庭・地域とのより良好な関係づくりに係るガイドライン」では、家庭や地域から「社会通念を超える要望」が出る現状を踏まえ、「著しい迷惑行為で勤務環境を害する」状況になった場合の教職員の対応手順や、メンタルヘルスケア対策を示している。いわきのケースでも、1本の連絡から起こった「どちらを選んでも正解が見えない」という状況で「批判を回避する」という判断が、結果として「2100食の廃棄」という最悪の形を招いてしまった可能性は否定できない。
赤飯は「赤い色に邪気を祓う力や魔除けの意味」
SNSには、このニュースに対してさまざまな反応が寄せられている。地元福島の銘菓「いもくり佐太郎」を販売するダイオーはXで、三十三回忌や五十回忌の法要で「紅白まんじゅう」や「赤飯」の注文を受ける事例を紹介。「『赤飯』は日本の伝統的なお祝い料理である一方で赤い色に邪気を祓う力や魔除けの意味が込められている特別な料理」と説明し、「今回の廃棄問題を最後にこれからも大事なそして大切なシーンでの食卓の場に彩られることを願います」と結んでいる。
価値観が多様化するなか、この2100食の赤飯は「今の日本の社会が抱えている余裕のなさ」を映し出す鏡になったのかもしれない。

