あの後悔は、何年たっても薄れることがありません。ふとした夜中に目が覚めると、あのときの光景がよみがえり、胸が締めつけられるような思いに襲われます。
忙しさに紛れて見過ごしていたこと
当時の私は、仕事と子育てに追われる毎日を送っていました。気が付けば1日が終わり、ゆっくりと誰かを思う余裕すらなかったように思います。
母は持病があり、入退院を繰り返していました。それでも「大丈夫よ、心配しないで」と、いつも明るく振る舞っていました。その言葉に安心しきっていた私は、「また今度会いに行けばいい」と先延ばしにしてしまっていたのです。
電話では何度か話していましたが、実際に顔を見に行く時間を作ろうとはしませんでした。忙しさを理由にして、どこかで後回しにしていたのだと思います。
間に合わなかった最期の時間
ある日、病院から急変の連絡が入りました。胸騒ぎを覚えながら慌てて駆けつけましたが、母はすでに意識を失っていました。
そのまま何も言葉を交わせないまま、私が到着してから数時間後、母は静かに息を引き取りました。
手を握りながら、「ごめんね……どうしてもっと早く来なかったのだろう」と、自分を責めることしかできませんでした。母の手にはまだ温もりが残っていて、そのぬくもりが、かえって現実を突きつけるようでした。

