●「思っていた」は通じるか
ただし、「ポールにぶつかったと思った」という供述がそのまま信用されるかどうかは別問題です。
まず、フロントガラスの損傷の状態は具体的にどのようなものだったのでしょうか。
人がはねられると、体がボンネットの上に跳ね上げられ、頭部がフロントガラスに激突します。このとき、フロントガラスには「蜘蛛の巣状」のひび割れが生じやすいとされています。
一方、ポールなどの固定物にぶつかった場合は、バンパーや車体の低い部分が凹むのが典型的で、フロントガラスまで損傷が及ぶことは少ないとされています。
フロントガラスは運転者の目の前にあります。走行中にガラスが蜘蛛の巣状に割れれば、運転者はその瞬間に目でも体の感覚でも異常を感じ取れるはずです。
つまり、通常は、フロントガラスの割れ方から人がぶつかった可能性を直感できると考えられるため、フロントガラスの具体的な損傷状況は重要な事実です。
実際に、フロントガラスに蜘蛛の巣状のひびが入るほどの衝撃があったにもかかわらず、降りて確認もせずに立ち去ったとして、「人をはねたかもしれないという認識があった」と認定した裁判例があります(大阪高裁平成23年(2011年)7月19日判決)。
この裁判例も、「人をはねたと確実に気づいていた」とは言っていません。 しかし、目の前のガラスがあれだけ割れているのに、何も確認せずに立ち去るのは不自然です。 「人をはねたかもしれない」とは思いながらも、あえて確かめなかったと考える方が自然でしょう。
本件では、フロントガラスに「広い範囲でひびが入った」と報じられています。「ポールだと思っていた」という供述の信用性は、厳しく問われることになりそうです。
(参考文献)本文中に挙げた裁判例のほか
- 城祐一郎『警察官のための死体の取扱い実務ハンドブック』(立花書房、2022)
- 交通事故・事件捜査実務研究会、澁澤敬造『交通事故実況見分調書作成実務必携 - 交通事故 実況見分のポイント』(立花書房、2023)
監修:小倉匡洋(弁護士ドットコムニュース編集部記者・弁護士)

