抗生物質は病原菌だけでなく、腸内に共生する有益な細菌にも作用し、腸内環境のバランスを乱すことがあります。本章では、腸内細菌叢の役割と重要性、抗生物質によってどのような変化が起こるのかについて解説します。腸内環境への影響を正しく把握することが、抗生物質とのよりよい向き合い方につながります。

監修医師:
中路 幸之助(医療法人愛晋会中江病院内視鏡治療センター)
1991年兵庫医科大学卒業。医療法人愛晋会中江病院内視鏡治療センター所属。米国内科学会上席会員 日本内科学会総合内科専門医。日本消化器内視鏡学会学術評議員・指導医・専門医。日本消化器病学会本部評議員・指導医・専門医。
抗生物質が腸内細菌に与える影響
抗生物質は病原菌だけでなく、腸内に共生する有益な細菌にも作用し、腸内細菌叢のバランスを乱すことがあります。これにより、さまざまな健康問題が生じる可能性があります。
腸内細菌叢の役割と重要性
人間の腸内には約100兆個、1000種類以上の細菌が生息しており、これを腸内細菌叢または腸内フローラと呼びます。腸内細菌は食物の消化吸収を助け、ビタミンの合成、免疫機能の調節、病原菌の侵入防止など、健康維持に重要な役割を果たしています。善玉菌(ビフィズス菌や乳酸菌など)、悪玉菌(大腸菌やウェルシュ菌など)、日和見菌がバランスよく存在することで、腸内環境は健全に保たれています。このバランスが崩れると、下痢や便秘、免疫力の低下、アレルギー症状の悪化などが起こる可能性があります。近年の研究では、腸内細菌叢の乱れが肥満、糖尿病、うつ病、自己免疫疾患などとも関連する可能性が示唆されており、腸内環境の重要性が再認識されています。
抗生物質による腸内細菌叢の変化
抗生物質は病原菌を標的としていますが、多くの抗生物質は広域スペクトラムを持ち、腸内の有益な細菌も含めて幅広い細菌を殺してしまいます。特に経口抗生物質は消化管を通過する際に腸内細菌に直接作用し、その構成を大きく変化させます。抗生物質投与により、善玉菌が減少し悪玉菌や日和見菌が増加することで、腸内細菌叢の多様性が低下します。この状態を「ディスバイオシス」と呼び、下痢や腹痛などの消化器症状の原因となります。短期間の抗生物質使用であれば、投与終了後数週間から数ヶ月で腸内細菌叢は回復することが多いですが、長期間の使用や繰り返しの使用では回復が遅れたり、完全には元に戻らなかったりする可能性が報告されています。
まとめ
抗生物質は細菌感染症の治療に不可欠な医薬品ですが、風邪などのウイルス性疾患には効果がなく、不適切な使用は腸内細菌叢を乱し、薬剤耐性菌を生み出す原因となります。処方された抗生物質は指示通りに最後まで飲みきり、残薬を自己判断で使用しないことが重要です。症状や疑問があれば医師や薬剤師に相談し、抗生物質の適正使用を心がけることで、自分自身の健康と将来世代のために有効な治療手段を守ることができます。気になる症状がある場合は、自己判断せず医療機関を受診し、専門家の診断を受けることをおすすめします。
参考文献
厚生労働省「抗微生物薬適正使用の手引き」
国立感染症研究所「薬剤耐性菌感染症」
日本化学療法学会「抗菌薬適正使用支援プログラム実践のためのガイダンス」

