私を追い詰める「お祝い」
退院してすぐのこと。
里帰り出産をしていた私のもとに、退院の知らせを聞いた親戚が続々と訪ねてきました。お祝いを届けに、実家を訪ねてくれたのです。
本来なら私が顔を出して対応すべきですが、まったくそんな気持ちになれません。玄関のチャイムが鳴っても私は2階にこもり、顔を出しませんでした。
玄関からは、母と親戚の「A(私)ちゃんは?」「赤ちゃんは? 抱っこさせて!」のやり取りが聞こえてきます。
私は、出産したら当たり前に赤ちゃんと一緒に退院すると思っている親戚たちを、憎らしくさえ感じてしまいました。
親戚たちは、ただお祝いを届けて、赤ちゃんの顔を見たいだけ。本来なら喜ばしいはずのその言動が、当時の私には鋭い刃物のように感じたのです。
私を支える最強の味方
ある日、またチャイムが鳴りました。
「せっかく来たんだから、顔くらい見せたら」
そう食い下がる親戚に、母が玄関先で毅然と言い放つ声が聞こえてきました。
「今は、娘と赤ちゃんが一番がんばっているときなの。お祝いは預かるけれど、そっとしておいてあげて」
と言ったのです。
母は、私の頑なな態度を一度も責めませんでした。それどころか、世間体よりも、親戚との付き合いよりも、何よりも「私の心」を最優先で守ってくれたのです。
母の言葉に張り詰めていた糸が切れ、親戚が帰るやいなや、私は母に抱きつき声を上げてわんわん泣きました。
数か月後、手術を終えてようやく息子が退院。
ただでさえ出産後の不安定な時期、息子の病気で精神的に参っていた私。
絶望の淵にいた私を救ったのは、そばにいて私の話を聞いてくれた母でした。
数年経っても大変な日々は続いていますが、今も母が一番の理解者。いつも支えてくれています。
【体験者:30代・女性主婦、回答時期:2026年3月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:Yuki Unagi
フリーペーパーの編集として約10年活躍。出産を機に退職した後、子どもの手が離れたのをきっかけに、在宅webライターとして活動をスタート。自分自身の体験や友人知人へのインタビューを行い、大人の女性向けサイトを中心に、得意とする家族関係のコラムを執筆している。

