俳優であり、小学生の娘さんがいるママでもある我妻三輪子さん。不思議の国のアリスで有名な「Happy Unbirthday」(なんでもない日おめでとう!)という言葉が大好きな我妻さんが、何気ない日でも愛おしく感じる出来事や気づきを写真とともに綴っていきます。
心の中の“あるもの”が剥がれる瞬間
娘の髪をとかしながら、カーペンターズを聞いていた朝。私はいつも漠然と心の中にある、うーっすらとした膜のようなものに苛まれているのだが、それがペリッと剥がれるのが分かった。「あ、」と思う。思うだけで、誰にも話さない。ただ剥がれたなぁ、と思って、娘の髪を結く。

たまに剥がれるのだけど、それはどのきっかけで、どのタイミングでやってくるのか、全く見当がつかない。
今朝に関しては、カーペンターズなのか、朝の時間に余裕があったからなのか、娘の機嫌が良いからか、はたまたそのすべてなのか、全く関係ない箇所のお陰なのか。ペリッとしたところで、そのうちまたうーっすらと膜を張る事に変わりはない。それは知っている。またペリッとすれば良いな、と思いながら髪を結い終わった。
ヘアアレンジが下手の私を肯定してくれる娘
娘の髪は背中の真ん中くらいまである、真っ黒なロングヘアー。ダメージを蓄積した、大人のそれとは比べ物にならないほど、ツヤツヤで美しい。薄暗い部屋で出会うと、やさしい電球のように輝いている。
ヘアアレンジが下手な私はいつも「髪の毛、下手っぴでごめんね」と娘に言う。今朝も娘に伝えたところ「かかは 髪の毛が世界いち、上手だよ」とのお言葉を頂く。「でも、みんながやってる編み込みとかできない」と、さらに私が卑屈になると「それはやりたい人がやればいいんだよ。◯◯ちゃん(娘)はこれがいいんだから、いいの」と話してくれた。卑屈なくせに「私がこれがいいんだから、いいの」という気持ちは私自身にも強くある。TPOはもちろん守りながら、その中で流行りに左右されず、自由に漂いたい。
娘もいつか、髪をカラーリングをしたり、巻いたり、とても短くしたり、もしくは無頓着だったり、するのだろうか、と想像して、うれしくなる。そのすべてを肯定してあげよう、と小さく誓い、娘を小学校まで送った。


