黒柳徹子が司会を務める「徹子の部屋」(テレビ朝日系)が5日に放送され、俳優の草刈正雄がゲスト出演。米軍人の夫と別れ、女手一つで息子を育てた草刈の亡き母の気丈さに、徹子が感嘆した。
北九州・小倉で、米兵の父ロバート・トーラーさんと日本人の母スエ子さんとのあいだに生まれた草刈。子供のころはいわれなき差別も受けたという草刈は、父に対して複雑な感情を持っていたという。母からは「父は朝鮮戦争で戦死した」と言われ信じていたが、NHKのドキュメンタリー番組「ファミリーヒストリー」で消息を調べてもらうと、83歳までアメリカで生きていたことが分かった。
実は「ファミリーヒストリー」が2008年に番組としてスタートする前から、父を取り上げたいとのオファーを受けていたが、当時存命中だった母が、そういった形で会えたとしても先方に迷惑がかかると反対し、一度は立ち消えに。その後、母が78歳で亡くなり、娘たちからの勧めもあって改めてオファーを受け、調査の結果、親族の所在地が判明して面会のために渡米した。父はすでに亡くなっていたが、伯母やいとこらと初対面。直前まで「本当に行っていいのだろうか」と迷っていたが、伯母のジャニタさんからかけられた「私を許してくれるの?」との言葉を聞いて気持ちが楽になったと振り返る。
母は、帰国した父宛てに手紙を送り、渡米して親子3人で暮らしたいとの希望を伝えていたが、願いは叶わず。父の代わりに何度かやりとりをしたジャニタさんの姉が、暮らしの足しにと送金してくれたこともあったが、父が軍の仕事でドイツに赴任したこともあって、やがて連絡が途絶え、母はキッパリ諦めて息子と2人で生きていくことを決めた。
しかし、こうした経緯は母が亡くなった後に周囲から聞いてわかったことで、母は最後まで草刈には何も話さなかったという。徹子は「でも、お母様はどんなお気持ちだったでしょうね…すごいですよね。戦争があって、戦争が終わって、それでお母様は子供を産んで、どうするかっていうことでね。で結局、あなたが育って、東京に行って…でも、そういう話はなさったことなかったのね、お母様。そういうものでしょうね、きっとね」とスエ子さんの人生に思いをはせると「でも、お父様の悪口をおっしゃったりしたことはなかったんですって?」と草刈に尋ねた。「一度も聞いたことないですね。それはおふくろ、立派だなと思いますよ」という返事を受け、徹子は「そうですよね。ちょっとくらい、『何なのさ』って言いたくなるかもしれないのに」とスエ子さんの気丈さをたたえた。

