一方で、こんなアカウントを発見。ミカン農家「赤松果樹園」(愛媛県)を営むご夫婦のアカウント「まふ夫婦」(@akamatsu_kajuen)がInstagramで話題になっています。
51歳になる園主・赤松政紀(まさき)さんはそれまで「もう結婚できないだろう」と言われていたけれど、中学校教諭だった14歳年下の女性・赤松甫美(ふみ)さんと知り合って2023年についに結婚! 甫美さんは13年務めた教職を辞め、なんとミカン農園の仕事を手伝ってくれているそうです。それだけでなく、甫美さんはSNS(InstagramやThreads)での発信を担当、見事に話題のアカウントとなっています。
Instagramでは政紀さんの半生をまとめたヒストリー動画、甫美さんが教職を辞めて農家に嫁いだ理由をまとめた動画、“農家あるある”やミカン農家の日々について発信しており、尖った情報を日々更新中です。
そんな「まふ夫婦」に、馴れ初めの詳細など気になることを聞いてみたいと思います!
100人にお見合いリクエストしても返事をくれたのは1人だけ
――お二人の出会いのきっかけを教えてください。政紀:これは……ねえ?
甫美:もう、どうぞ(笑)。
政紀:結婚相談所です。
――あ、そうなんですか。
政紀:もう私の年齢になってくると、なかなか普通に出会って結婚に至るということは難しい。特にうちのほうはど田舎で、人との出会いも少ない。また、仕事が農業ということもあって。
甫美:長男でね。
政紀:うん、長男でね。仕事を通しても女性の方と会う機会も少ないなかで、急に「結婚したい」という気持ちが湧いてきて。「じゃあ、どう取り組んでいったらいいだろう」と考えた結果、結婚相談所にお願いしたという経緯です(笑)。
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――女性との出会いが少ない生活のなか、「なんとか結婚したい」という思いが湧いてきたんですね。
政紀:そうですね。今まで、女性との付き合いもほぼないままこの年齢まで来まして。言い訳みたいになりますけど、私と同じ田舎に住む周りの同年代の人たちもわりと独身が多いんです。
そんな環境にずっとおるなかで、自己分析すると私は“奥手の極み”というか、あまりにも呑気に構えすぎとったのかなと。そして、「これからの人生、ずっとこのまま一人でいいんかな」と思い始めまして。年齢のことや農家の長男ということから、結婚相談所からは「条件としてはかなり悪いです」「日本人のお相手だけにこだわらないでください」と言われていました。自分もそれは十分承知のうえで腹をくくり、がんばれるだけがんばってみようとチャレンジしたら、ありがたいことに素敵なご縁がありました。
――本当ですよね。
政紀:いや、そうなんですよ。結婚相談所で妻に出会うまでに送ったお見合いリクエストは400件ですから。
――うわあ、そんなに!
甫美:しかも、400件のうち実際に会えた女性は私が4人目だったそうです(笑)。
――えーっ、1/100!? 婚活って大変なんだな……。
政紀:私のこの条件になると、100人にリクエストしても「あなたとお見合いして構いませんよ」とお返事をくれるのは1人だけなんです。その4人目でこの妻と出会いました。だから「本当にお願いします!」と、猛烈なアプローチをしまして。
甫美:そのときは、まだコロナ禍でした。当時、私は高知で教師をしていたし、夫は愛媛だし、そんなに会えないじゃないですか? だから、最初のお見合いはZoomでやったんです。で、つながった瞬間に「ありがとうございます!」って、延々感謝されました(笑)。
政紀:私は状況もありますし、体が自然とそういう動きになりました。
中学の離任式直前に入院、子どもたちに挨拶ができなかった
――一方の甫美さんは14歳年上の男性、しかも農家のご長男と交際、結婚をしました。率直に躊躇はなかったですか?甫美:なんか私、昔からフィーリングで動いてしまう人間なんです。あんまり考えずに、やりたいと思ったことはやる感じで(笑)。だから、躊躇はあんまりなかったかな。
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ただ、私は「お相手希望年齢」を12歳上の男性までにしていたんですね。「めちゃくちゃ多く見積もって一回り上だろう」と思ったので。でも、夫は14歳上なのにリクエストを送ってきたから「この人、ちゃんとプロフィール読んだんかな?」と思いました(笑)。
だけど、夫はプロフィールに「海外旅行が好き」と書いていて、私も海外旅行は好きだから、趣味が合うのがわかって「いいな」と思いました。あと、お互いの夢が「いつかゲストハウスを開きたい」なんですね。彼は結婚相談所のカウンセラーさんから「そんなことを言う男とは誰も結婚してくれないから、言ったらだめだよ」と言われていたらしいですけど(笑)。
――夢ばかり追う男は敬遠される傾向があるのでしょうね。でも、同じ夢を持っていたというのが運命的です。
甫美:そうなんです。私は公務員だったから「自営業ってすごいですよね。私、ゲストハウスとかしてみたいけど、絶対無理ですもんね」という話をしたら、「僕もしたいんです!」って夫の目がキラーンって光って(笑)。
実は私、結婚したいかどうかもわからないまま結婚相談所に入ったんです。結婚相談所に入ったら結婚したいかどうかがわかるかも、と思って入ったんですけど(笑)。
結婚前は高知県で英語の教員をやっていたのですが、安定はしているし、お給料も高知で生活する分にはまったく問題なかったし、一人で生きていてもめちゃめちゃ楽しかったんです。だから、結婚することで自分が我慢するような人生になるのは嫌だったんですね。
でも、彼の話を聞いたら海外旅行を一緒に楽しめるかもしれないし、夢も一緒だし、「この人とやったら人生が加速して楽しくなりそうだな」と思ったのが強かったかもしれない。――海外も一緒に行けるし、ゲストハウスも一緒にできるかもしれない。我慢する人生とは真逆ですね。
甫美:そう。なんか、「結婚して自由がなくなった」って言う人も多いじゃないですか(笑)。でも、この人と結婚したら自分の好きなことができるかもしれないし、夢が叶うかもしれない。「2人でこれからの人生をもっとおもしろくできるかもしれない」というワクワクが勝った感じです。
――ただ、教師は安定した職業です。移住後に愛媛県内で教師をやるという選択肢は頭に浮かびませんでしたか?
甫美:浮かばなかったですね。私たちの夢を叶えるには私が農園を手伝ってミカンの事業をどんどん成長させていったほうがいいと思ったので、こっちで先生をしようとは一切思わなかったです。
――Instagramの投稿で「中学の離任式直前に入院し、子どもたちにさよならの挨拶ができなかったことが心残り」と、甫美さんは吐露されていました。教師の仕事に未練はなかったのでしょうか?

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甫美:心残りはありました。だけど、担任をもっていた中学の体育祭を退院後に見に行ったら、教え子たちがイキイキしてすごく成長していたんです。その姿を見て「みんな前に進んで成長しているから、私もがんばらなきゃ」と思ったんです。
――前を向いていた子どもたちが踏ん切りをつけさせてくれたんですね。

