相変わらず今期のドラマの中でも特に目が離せない作品である「銀河の一票」(関西テレビ)。
毎話、エピソードの中には“日常で大切にしたい気持ち”や“人との関わりで忘れてはいけないもの”を思い出させてくれる登場人物たちの言葉や行動があり、視聴者の毎日をまさに明るい方へ導いてくれる……。そんなポジティブな力を持った作品だと感じる。
第3話では元アイドルの片鱗を感じさせる美しい歌声に哀愁をまとわせた野呂佳代氏の好演も印象的だった。
彼女の働くスナックが近くにあったら……。
そんなことを思った世のお父さん方も少なくないのでは?
しかし第3話では、そんな野呂佳代氏演じる月岡あかりがママを務める“スナックとし子”が存続の危機を迎えたのだ。
思い違いだった竹林の真意
“スナックとし子”の先代ママである鴨井とし子(木野花)は、認知症を患いグループホームに入所している。
そんな中、とし子の成年後見人である弁護士の竹林(中山求一郎)がとし子の住居およびスナックとし子の売却を家庭裁判所に申し立てようとしていた。
とし子の居場所を守るためにそれを阻止したいあかり。
成年後見人制度に関してはよくない話を聞いていた茉莉(黒木華)は、竹林に対してもどこか食ってかかる様子だ。
だがそれも無理ないだろう。
彼も彼で「感情の話は結構」と、店を守りたいというあかりの強い気持ちを切り捨てるような態度を取っていたからだ。
なんとかして店の売却を阻止できないか? とあらゆる手段を模索する茉莉。
幹事長の父、星野鷹臣(坂東彌十郎)から手切れ金で渡された1000万円を、店の存続のためにとあかりに差し出そうともした。
あかりに1000万円を渡すことで“父にお金を返し謝罪をし政界に戻る”という退路を茉莉は断ちたかったのだ。
しかしそのお金を受け取って店が残る事で“店を辞められなくなる”というあかりの退路も断たれてしまう。
あかりはとし子に対して感謝はしているし恩返しをしたいけれど、それはとし子が生きているうちの話。
誰しもそうだ。恩があるからといって、その恩のために自分の一生を捧げる義理はないし、とし子自身もあかりを縛るようなことは望んでいないだろう。
現状あかりはかなり無理をして店の赤字の補填やとし子の施設料を払い、苦しんでいた。
あの冷たそうに見えた成年後見人の竹林もそんな苦しむあかりを思っての厳しい発言だったのだ。
“感情を切り捨てる”でお馴染みの竹林が「店舗維持のために無理をしているあかりさんの現状をとし子さんは望んでいないと思う」と、誰よりもとし子の気持ちを推し量っていたとは……。
「私の気持ちといえばそれまでですが」という竹林の一言に、テレビの前の視聴者は「竹林、すまん!」と思ったことだろう。
視聴者は茉莉がかけたバイアスによって、茉莉と同じく竹林をどこか疑って見ていた。
“竹林がとし子の虚偽の発言をでっちあげた可能性がある”と、茉莉は竹林の不正を疑ってもいたくらいだ。
“成年後見人のよくない話”や竹林が“感情を切り捨てるような発言”をしたことによって、茉莉は竹林を完全に“よくない人”として見てしまっていたのだろう。
複数のエビデンスからその人をどういう人かどういう思考なのかを判断することは決して悪い事ではないし、誰もがそうするはずだ。
しかしこの場合、蓋を開ければ茉莉は竹林の本質を見抜けていなかったということになる。
なかなか難しい問題だ。
竹林ももう少し“自身の胸の内”を話していたら、こうはならなかったのかもしれない。
だが感情で動くあかりに、感情(=とし子はそれを望んでいないだろうという竹林の気持ち)でぶつかってしまっては収拾がつかなくなる可能性も。
それを見越して竹林は事務的な態度だったのかもしれない。
真意はわからないがつくづく思う。人間というものは不器用で愛おしい、と。
「おなかすいてない?」に隠された、あかりへの思い
竹林の件で誰しも表には出していない思いがあるということを痛感したが、極め付けはとし子のメモだ。
メモの裏に隠された「ごめんね」や「いつやめてもいいからね」の文字。
直接言えば良いのに……なんて思いつつも照れてしまう気持ちもわかるし、「いつやめてもいいからね」を言わなかったのは、“あかりの頑張りを尊重したい”という思いもあったのではないかと想像できる。
そして、実はとし子が苦しんで身を投げようとした時にいた先客があかりだったという新事実も明らかになった。
あかりはとし子に救ってもらったとばかり思っていたが、実はあかりもとし子を救っていたのだ。
不安定な互いの存在が寄り添う事で、不覚にも安定と安息を手に入れた2人。
その時と同じように「おなかすいてない?」とあかりに声をかけるとし子。

いくら認知症になろうともとし子の本質は変わっておらず、とし子の目の前にはお店のことで苦しむあかりが見えたからそう声をかけたのだろう。
そしてその一言は、理由は違えど当時と同じく苦しむあかりを解放したのだった。
多くは語らずとも、「もうやめていいからね」というとし子の気持ちがそこには含まれていたのかもかもしれない。
失ったものを十字架にこれまで生きる理由をとし子に置いていたあかりだったが、茉莉との触れ合いととし子からの言葉で、あかりの新しい生きる理由への扉が開けたのだろう。

