謙遜することは、時に周囲との摩擦を防ぎ、上手く付き合っていくための手段になります。しかし、そんな「自分下げ」が知らず知らずのうちに、自分の心を追い詰めていることもあるかもしれません。今回は、筆者の友人のエピソードをご紹介します。
自分を守るための言葉
「私なんて大したことありませんから」
「私なんかにできるはずがありません」
それが、かつての私の口癖でした。
自分をあらかじめ低く見積もっておけば、失敗しても格好がつきますし、誰かに嫉妬される心配もありません。
私にとって「私なんて」という言葉は、謙虚さの表れなどではなく、傷つかないための「心の防波堤」だったのです。
しかし、毎日のようにその言葉を繰り返すうちに、私の世界はいつの間にか彩りを失っていました。
まるで自分の心の部屋に毎日泥を投げ入れているような状態。
最初から可能性を閉じて、新しいことに挑戦する意欲もなくしていきました。
友人が気づかせてくれた「言葉の刃」
ある日、長年の友人に「あなたが自分のことをそんなに悪く言うのは、あなたの良さを認めて友達でいたいと思っている私の『見る目』を疑っているのと同じだよ」と言われ、驚きました。
良かれと思って口にしていた卑下する言葉が、実は私の良さを認めてくれている周囲の人たちまでも、間接的に否定していたということに気づかされたのです。
一番の味方であるべき自分自身を、毎日言葉で傷つけていた事実にハッとして、目の前の景色が急に開けたような感覚でした。

