順調に見えた英語教育の“落とし穴”。挫折期の到来
娘は、その後4年ほど、この「英語多読メソッド」で英語学習を続けていきました。もともと本が好きだったこともあり、この方法は娘にはぴったりはまりました。英語の本をどんどん読み進め、小学校3年生頃には『ハリー・ポッター』を英語で読めるようにまで伸びていきました。読書力に関しては、同年代のネイティブの子どもと変わらないレベルまで到達していたと思います。
そして小学校4年生の時、英検準1級にも一発合格しました。もちろん、「準1級に受かった=その程度の英語が完璧にできる」というわけではありません。でも当時の私は、「ここまで来た」という達成感と期待でいっぱいになっていました。
一方で、息子にも同じように多読メソッドの塾へ通わせていましたが、こちらは姉のようにはいきませんでした。息子は、もともと「読むこと」も「書くこと」もあまり好きではないタイプ。結果として、英語の読み書きの力はなかなか伸びず、足踏み状態になっていきました。
同じ教育をしても、同じ結果にはならない。当たり前のことではありますが、子育てはだからこそ難しいなと感じていました。
「ママ、もう英語やめたい」
そして、順調に見えた娘にも変化がありました。小学校4年生で準1級をとったので、私が夢をみすぎてしまい軽々しくこう言ってしまったのです。「準1級までとったんだから、小学校の間で1級まで目指してみたら?」
でも、ずっと英語に触れてきた娘の方が、その先の1級で求められるレベルと、自分の知識の落差を肌で感じていたのかもしれません。今まであまり口答えしない娘だったんですが、ある時ついに私を直視してこう言ったんです。
「ママ、もう英語やめたい。私は英語が好きじゃない。ママがなってほしい私と、私がなりたい自分ってのは違うの。」
えーーーっ! 英検の達成感に浸っていたのはどうやら私だけで、娘にとっては、ここから、さらに難しい英語を学んでいくモチベーションはなく、楽しくて続けていた読書もいつしか苦痛になっていたのです。
そして、こうも言いました。「私の周りで、誰も、そこまで英語を勉強していないから、私もやりたくない」
あー、そうか。そうだった。悩んだ挙句、結局、一般的な日本の小学校教育の環境にあなたを置いたのも私たちでした。そこでは、友だちは誰も英語の小説なんて読んでいません。
一方、息子の英語学習は伸び悩んでいて、結果がついてこない状態でした。そこにさらに追い討ちをかけるように、娘も英語が嫌いになりかけている。この一連の出来事で、私は親として多くのことを学びました。子育ての専門家やら、教育アドバイザーやらから、総ツッコミを受けるような事態です。
私の思いばかりが先行してしまい、英語嫌いになってしまったら元も子もない。親が勝手に敷いたレールを歩かせることが本人にとって苦行になってしまったら、伸びる能力も伸びない。やめさせよう。長年お世話になった英語塾は、すぐに退塾。
こうして私の英語教育の旅は、“挫折期”を迎えることになったのです。

