2025年、下痢と便秘を繰り返す症状から始まった不調。街のクリニックでは「痔(じ)」と診断されたものの、納得できず自ら大病院での検査を希望した小寺さんに突き付けられたのは、直腸がんステージ3C(直腸にできたがんが、リンパ節にも転移している状態)という現実でした。頭が真っ白になった診断の日から、ポート手術(抗がん剤投与のため、皮下に薬剤投与用の器具を埋め込む処置)、抗がん剤治療、放射線治療、そして手術へと続く長い闘病の道のり——。小寺さんが自覚症状の始まりから診断までの経緯、治療中の生活について語りました。
※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2025年11月取材。
体験者プロフィール:
小寺 規雄さん
1968年生まれ、沖縄県在住。診断時の職業は会社員。2025年に下痢と便秘を繰り返す症状が表れる。街のクリニックで「痔(じ)」と診断されるも改善せず、大病院で大腸カメラ検査を受けた結果、直腸がんステージ3Cと判明。現在は休職・時短勤務の上、抗がん剤治療と放射線治療を経て、手術支援ロボットを用いた直腸がん手術を控えている。
自ら動いて分かった本当の病気
編集部
最初に自覚した症状と、その時の受け止め方について教えてください。
小寺さん
しぶり腹(便意はあるのに排便できない、あるいは少量しか出ない状態)や、下痢と便秘を繰り返すといった症状が、半年ほど前から続いていました。ただ、当時はあまり深刻に捉えておらず、「そのうち治るだろう」と様子を見てしまっていたのが正直なところです。
編集部
何がきっかけで受診に至ったのでしょうか?
小寺さん
症状が改善しない上に体重まで減ってきたからですね。さすがにおかしいと思い、街のクリニックを受診しました。そこで胃カメラ検査を受けたものの、異常は見つかりませんでした。大腸側も調べてほしいと大腸カメラ検査を希望したにもかかわらず、症状と触診の結果から医師に「痔だから必要ない」と言われてしまいました。
編集部
そこで引き下がらないことにより、大きな病院での検査につながったわけですね。
小寺さん
はい、どうしても納得できなかったんです。「自分の体のことは自分が一番分かる」という感覚があり、何とかお願いして紹介状を書いてもらい、大きな病院で大腸カメラ検査を受けました。その結果、直腸がんステージ3Cと診断されたんです。
編集部
診断を下された瞬間の心境を教えてください。
小寺さん
頭が真っ白になりました。「まさか自分が」という気持ちが強く、現実を受け入れるまでに時間がかかりました。これからの治療や生活のことを考えると、不安でいっぱいで……。家族の顔が次々と浮かび、恐怖と責任感で押しつぶされそうになりました。まさに人生が一変する瞬間でしたね。
心の支えと前向きな気持ちの保ち方
編集部
診断後、医師からはどのような治療計画が示されましたか?
小寺さん
長い闘病期間が必要だと説明を受けました。具体的には、まずポート手術を行い、その後2週間置きに6回、約3カ月間の抗がん剤治療を実施。続いて1カ月間、毎平日(月~金)放射線治療を行いました。近く、ダビンチ(手術支援ロボットの一種。これを用いた内視鏡下手術を行う)による直腸がん手術を予定しています。術後は再び抗がん剤治療を行う計画です。
編集部
発症後、日常生活にはどのような変化がありましたか?
小寺さん
免疫が低下しているため、毎日うがい薬でうがいをしています。食事はおかゆなど消化に良いものを中心に選ぶようになりました。また、便のコントロールが難しく、毎日オムツを着用して過ごしています。働き方についても会社に現状を伝え、休職と時短勤務をお願いしています。
編集部
抗がん剤治療中の体調と副作用について教えてください。
小寺さん
現在は2週間置きに3種類の抗がん剤治療を受けています。副作用がやっと軽くなってきたころに次の治療が始まるため、吐き気や便秘、下痢などの症状が途切れずに続いている状態です。体調が整う前に次のサイクルに入る、その繰り返しです。
編集部
闘病を続ける中で、心の支えになっているものは何ですか?
小寺さん
何よりの支えは家族の存在です。特に妻の献身的なサポートには、本当に感謝しています。友人からの励ましの言葉も大きな力になりますし、日々の小さな楽しみや、回復後にやりたいことを思い描くことで前向きな気持ちを保っています。また、同じ病気を経験した人の体験談やSNSでの交流にも励まされています。「自分だけじゃない」と思えることで、孤独感が和らぎ、希望を持ち続けられるんです。

