良かれと思ってかけた言葉が、かえって相手の負担になってしまうこともありますよね。その善意が本当に相手のためになっているのか、冷静になって考えることも大切です。今回は、筆者の知人の体験談をご紹介します。
善意のつもりの口出し
私は出産前まで中学の英語教師をしていたこともあり、英語教育には強い思い入れがありました。
初孫が生まれてからは、事あるごとに「早くから英語を始めないと苦労するわよ」と、息子の妻のN子さんに熱弁を振るっていたものです。
N子さんは「本人がやりたいと言ったらやらせます」と穏やかに受け流していましたが、私は「そんな悠長なことを言っていたら、どんどん機会を逃してしまう」と納得できず……。
でしゃばって、勝手に英語の幼児教育用教材を買ったこともありました。
しかし、当の孫は英語のCDすら嫌がり、耳を塞ぐ始末。
N子さんは私に気を遣って苦笑い。
良かれと思った行動は空回りし、家庭の空気までぎこちなくしてしまいました。
「やらせたい」は大人のエゴ
そんな反省から、口出しを一切やめて数年。
最近、小学4年生になった孫が突然、「海外のゲーム実況者と喋りたいから英語を習いたい!」と言い出しました。
驚いたのはその後の上達スピードです。
自分で見つけた「好き」という動機は、どんな英才教育よりも強力でした。
「自分から始めた学びなら、こんなにも吸収が早く、成長できるものなのね……」
その事実に、私は言葉を失いました。
私の「早くやらせなきゃ」という焦りが、実は孫の自発的な芽を摘んでしまっていたのかもしれません。

