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【後編】宮川大助・花子「抗がん剤治療」の過酷な生活を語る。絶望から挑んだ夫婦の闘病記

【後編】宮川大助・花子「抗がん剤治療」の過酷な生活を語る。絶望から挑んだ夫婦の闘病記

血液がんの一種である多発性骨髄腫と診断された宮川花子さんは、抗がん剤治療への不安を抱えながらも覚悟を決め、長い闘病に向き合うことになりました。治療は副作用との闘いや生活の大きな変化を伴い、決して簡単なものではありません。その中で、夫・宮川大助さんは自身の生活や仕事を調整しながら、花子さんを支え続けてきました。支え合いながら歩んできた治療の日々とはどのようなものだったのでしょうか。今回は、治療開始からの経緯や副作用との向き合い方、支え合いの生活について、日本血液学会血液専門医・指導医の神田善伸先生の解説とともに深掘りしていきます。

※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2026年4月取材。

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宮川 花子さん

宮川 花子 (お笑い芸人)

大阪府出身。警察官等の職業を経て、1979年に夫・大助とコンビ結成。「夫婦漫才」の第一人者として数々の賞を受賞し、上方お笑い界を牽引する。2019年に症候性多発性骨髄腫を公表。壮絶な闘病や車いす生活を送りながらも、夫婦の絆を糧に舞台復帰を果たし、現在も多くの人へ勇気と笑顔を届けている。

宮川 大助さん

宮川 大助(お笑い芸人)

鳥取県出身。1979年に妻・花子とコンビを結成。「大助・花子」として夫婦漫才の頂点を極め、紫綬褒章や上方漫才大賞など数々の栄誉に輝く。近年は花子の闘病を献身的に支え、二人三脚で舞台復帰を実現させた。温厚な人柄と深い愛情でコンビの絆を守り続け、現在も夫婦揃って笑顔を届けている。

神田先生

神田 善伸 医師(血液内科専門医)

東京大学卒業後、同大講師等を経て、2007年より自治医科大学附属さいたま医療センター血液科教授、2014年9月より自治医科大学附属病院血液科教授に着任。造血幹細胞移植を専門とし、統計ソフト「EZR」の開発でも知られる。血液疾患治療の発展と後進の育成に尽力している。日本血液学会血液専門医・指導医。

「やるしかない」と覚悟した治療-多発性骨髄腫と副作用との闘い

「やるしかない」と覚悟した治療-多発性骨髄腫と副作用との闘い

神田先生

治療を始めるにあたって、不安や葛藤はありましたか?

花子さん

正直に言うと、抗がん剤治療は嫌でした。怖いという気持ちもありましたし、「本当にこれをやらなあかんのか」と思うこともありました。でも、やらないと前に進めないと言われて、やるしかないと覚悟を決めたんです。

神田先生

治療開始に至るまでの流れについても教えてください。

花子さん

最初は放射線で終わると思っていたんですが、それだけでは足りないと言われて、抗がん剤治療が必要だと説明を受けました。そこから本格的に治療が始まり、実際に治療を受ける中で思っていた以上に長い闘いになると感じました。

大助さん

本人は不安もあったと思います。でも僕はあえて病気の話はあまりしないようにしていました。本人がしんどい中で、余計に気持ちが沈まないようにと思っていました。どちらかというと、「病気と闘う」というより、「薬と闘う」というイメージでしたね。

神田先生

多発性骨髄腫は、診断時の状態によって重症度や予後(治療後の経過や見通しのこと)の分類を行います。以前は治療薬が限られていて予後が厳しい病気とされていましたが、現在は治療の進歩により、生存期間は大幅に延びています。治療開始時の病状については、どのような説明を受けましたか?

花子さん

骨が何カ所も折れている状態で、「かなり進んでいる」と言われました。最初はほとんど動けなくて、ベッドの上で過ごす日が続きました。「ここからどうなるんやろう」と不安は大きかったですね。

神田先生

実際にはどのような治療を受けられたのでしょうか?

花子さん

抗がん剤治療を中心に進めていきました。長時間かけて薬を投与する治療もあり、体への負担も大きく、つらい治療でした。それでも、これで良くなると信じて続けていました。

神田先生

多発性骨髄腫の治療は、免疫の働きを調整する薬や分子標的薬(がん細胞の特定の働きを狙って抑える薬)など、複数の薬を組み合わせて行うのが一般的です。患者さんの状態に応じて治療法を選択し、長期的にコントロールしていくことを目指します。多発性骨髄腫は、一度症状が落ち着いても再発が課題となる病気ですので、長期的に病気とうまくつきあっていくことが重要です。治療中はどのようなことがつらかったですか?

花子さん

やっぱり副作用がつらかったですね。特に体調が悪い日が続くと、本当にしんどかったです。思うように動けないですし、体力も落ちていくので「この状態がいつまで続くんやろう」と思うこともありました。

神田先生

多発性骨髄腫の治療では、末梢神経障害(手足のしびれなど)や倦怠感(体がだるく疲れやすい状態)、感染症のリスクなど、さまざまな副作用が出ることがあります。ただし、近年は副作用を抑える薬も進歩しており、以前と比べると治療を継続しやすくなっています。特に2000年以降、新しい治療薬が次々と登場したことで、多発性骨髄腫の治療成績は大きく向上しました。かつては余命が数年とされていましたが、現在ではより長期にわたってコントロールできる病気へと変化してきています。

長期闘病とともに生きる-生活の変化と前を向くためのヒント

大助さん

生活は大きく変わりましたね。仕事のやり方も変えざるを得ませんでしたし、家を空ける時間も大きく減らしました。外で活動していたもとの生活から一変しましたが、それでも、支えるのが自分の役目だという考えは今も変わりません。サポートするうえで意識していたのは、できるだけ普段通りに接することでした。特別扱いしすぎると本人も気を使うと思うので、なるべく自然に過ごせるように心がけていました。

神田先生

多発性骨髄腫はよくなったり再発したりを繰り返す病気ですが、再発した場合でも新たな治療薬によって病状をコントロールできることが多いです。不安を抱え込みすぎず、主治医と相談しながら治療を続けていくことが大切です。病気を経験した今、大切だと感じていることはありますか?

花子さん

生きていることそのものが大切やと感じるようになりました。以前は当たり前だと思っていたことが、そうではなかったと気づきましたし、一日一日を大事にしたいと思うようになりました。同じように病気で不安を感じている人には、一人で抱え込まないでほしいと伝えたいです。周りに頼ることも大切ですし、治療を続けながらでもできることはたくさんあると思います。

大助さん

支える側の人に伝えたいのは、無理をしすぎないことです。本人を支えることは大切ですが、支える側が倒れてしまっては意味がないので、自分のことも大切にしてほしいと思います。

神田先生

多発性骨髄腫は、適切な治療によって長くうまく付き合っていくことができる病気です。治療法は日々進歩しており、今後さらに選択肢が広がることが期待されています。不安を感じたときは自分だけで解決しようとするのではなく、医療者や周囲の人にも相談するようにしましょう。

配信元: Medical DOC

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