「暇」ではなかった定年後の日々
私は長年、家族を養うために必死で働いてきました。娘を大学まで通わせ、この日のために少しずつ貯金もしてきました。定年後は、たしかに会社員としての生活からは離れました。けれど、何もせず過ごしていたわけではありません。趣味の園芸を楽しみながら、地域のボランティア活動にも参加し、自分なりに社会とのつながりを持ち続けていました。
それなのに、婿の言葉からは、私の日々が「暇つぶし」のように見えていたのだと感じてしまいました。初対面のころの印象や、娘から聞いた一部の話だけで、定年後の生活を軽く受け取られたようで、何とも言えない悔しさが込み上げました。
婿に悪意があったのかはわかりません。むしろ、本人としては場を和ませるつもりだったのかもしれません。婿の言葉をきっかけに、世代によって「働くこと」や「社会との関わり方」の捉え方が違うのだと感じました。そして同時に、相手の背景をよく知らないまま言葉にすることの怖さも知りました。
まとめ
娘の結婚式という幸せな1日だったからこそ、そのひと言は今でも胸に残っています。言葉は、祝福にもなれば、思いがけず相手を傷つけるものにもなるのだと改めて考えさせられた出来事でした。
※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。
著者:佐々木太郎/60代男性・無職
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年4月)
※一部、AI生成画像を使用しています。
著者/シニアカレンダー編集部
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