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【闘病】30代母を襲う悪夢。自覚症状ゼロから突然の『トリプルネガティブ乳がん』ステージⅢA

【闘病】30代母を襲う悪夢。自覚症状ゼロから突然の『トリプルネガティブ乳がん』ステージⅢA

入浴中のセルフチェックで触れた、しこり——。検査の結果は「乳がんステージⅢA(リンパ節への転移を伴う、進行した状態)」、それも「トリプルネガティブ乳がん(エストロゲン受容体・プロゲステロン受容体・HER2タンパクのいずれにも出ておらず、ホルモン療法や抗HER2療法に反応しない、抗がん剤治療が中心となるタイプの乳がん)」でした。当時30代、2児の母として小学校で非常勤講師を続けていたまっきぃさん(仮称)は、術前抗がん剤治療(手術前にがんを縮小させる目的で行う抗がん剤治療)、左乳房の全摘とリンパ節郭清(がんが転移している可能性のあるリンパ節をまとめて切除する手術)、放射線治療、そして術後の抗がん剤治療と、長い闘病の道のりを歩むことになります。今回は、早期発見の大切さを訴えるまっきぃさんに、発症から現在までの歩みを聞きました。

※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2025年11月取材。

まっきぃさん

体験者プロフィール:
まっきぃさん(仮称)

1985年生まれ、福岡県在住。夫と2人の子どもの4人家族。診断時の職業は小学校の非常勤講師兼ピアノ講師。2021年12月にトリプルネガティブ乳がん(ステージⅢA)を発症し、術前抗がん剤治療を経て、2022年6月に左乳房全摘およびリンパ節郭清の手術を受ける。術後は放射線治療と抗がん剤治療を受け、現在は経過観察中。

いつものセルフチェックで異変に気付いた

いつものセルフチェックで異変に気付いた

編集部

乳がんが発覚する前、定期的に検診は受けていましたか?

まっきぃさん

定期的に受けていませんでした。ただ、しこりに気付く約1年半前にも胸に違和感を覚えて、同じ乳腺外科を受診したことがあったんです。そのときもマンモグラフィとエコーをしましたが、特に異常はなく、「加齢によるものでしょう」という診断でした。

編集部

今回、しこりに気付いたきっかけは何だったのでしょうか?

まっきぃさん

入浴中に体を洗う際に習慣として行っていたセルフチェックがきっかけです。ある日、セルフチェック中にしこりがあることに気付いたんです。痛みもなく、それ以外に症状もなく、ちょうど生理中だったことから、しばらく様子を見ることにしました。

編集部

痛みのないしこりが「乳がん」と判明するまでの経緯を教えてください。

まっきぃさん

しこりに気付いてから1週間ほどして生理が終わったので、近所の乳腺外科を受診しました。マンモグラフィには写っていなかったものの、エコーではしこりがはっきりと見えたため、その場で針生検(細い針を刺してしこりの組織を採取し、がんの有無を調べる検査)を受けることになりました。麻酔をしたので痛みはありませんでしたが、検査時の音が大きくて驚いたことを今でも覚えています。
検査後すぐに、先生は「次回は家族と一緒に来てください」と言っていたので、結果が出る前にがんだと確信していたんだと思います。検査の10日後、夫と来院して正式に告知を受けました。ただ、まだ詳しいことは分かっておらず、告知の時点では「もしかしたら抗がん剤をしなければならない」という説明だけにとどまりました。

編集部

「乳がん」と告げられた瞬間は、どのような心境でしたか?

まっきぃさん

ある程度覚悟をしていたので、冷静に受け止めることができました。実際に治療に入るまでは、しこり以外に自覚症状がなかったので、実感が湧かなかったのかもしれません。

編集部

医師からは、病状や治療方針についてどのように説明されましたか?

まっきぃさん

最初のクリニックでは「乳がんで間違いない」「もしかしたら抗がん剤をしなければならないかもしれない」と伝えられました。転院先ではさらに詳しい検査をして、「ホルモン療法などができないタイプの『トリプルネガティブ乳がん』で、抗がん剤治療をしなければならない」と言われました。さらに転移が分かり、手術で取り切れない場所だったため「乳がんステージⅢA」となり、「放射線治療も必要だ」と説明されました。
どちらのクリニックも、乳がんそのものについての細かな解説は、あまりなかった気がします。そして、どちらのクリニックからも、乳がんに罹患したら読む冊子を渡されました。

治療と家族のサポート

治療と家族のサポート

編集部

実際にどのような治療を受けたのか、流れを教えてください。

まっきぃさん

まず、内胸リンパ節(胸骨の内側、胸壁の奥にあるリンパ節)に転移しているということで、術前抗がん剤療法を受けました。普通の抗がん剤は3週間おきに投与することが多いようですが、私の場合は2週間おきに4回投与しました。そして、白血球は2週間では戻らないので、ペグフィルグラスチム(白血球を増やす注射)を、抗がん剤投与の翌々日に打ちました。私は初回の抗がん剤で副作用が強く出てしまい、毎回入院して投与を受けていました。この注射は通院でしか打てないとのことで、一度退院してまた次の日に病院へ通うのが大変でしたね。

編集部

手術の内容と、その後の経過を聞かせてください。

まっきぃさん

私はステージ3だったので、リンパ節への転移有無を調べる検査は最初からせず、左乳房全摘およびリンパ節郭清を行いました。抗がん剤で消えたのか、最初から転移していなかったのかは分かりませんが、結果として脇のリンパへの転移はありませんでした。
術後1カ月して詳しい結果を聞き、手術では取り切れなかった内胸リンパ節への放射線治療をするため、医大へ転院しました。25回の予定で、機械の故障などにより完全にできない日もあり、追加で3回ほど受けて完走。その後、元の病院に戻り、再発予防のため術後の抗がん剤(カペシタビン)を服用し始めました。最初は6錠ずつ服薬していましたが、副作用で体調が優れない日が増えたため、5錠に減薬して8クール服用しました。ホルモン受容体陽性ではないのと、ほかに治療薬はないため、その後は経過観察のみとなっています。

編集部

治療中はどのような生活を送っていましたか?

まっきぃさん

術前化学療法は、ddEC療法(2週間おきという短い間隔で、2種類の抗がん剤を集中的に点滴してがん細胞をたたく乳がんの治療法)とddパクリタキセル療法(2週間おきという短い間隔で、がんの細胞分裂を妨げる抗がん剤[パクリタキセル]を集中的に点滴する乳がんの治療法)の2種類を行って、ddEC療法のときは吐き気などの副作用が強かったこともあり、実家で養生しながら、夫が休みの週末だけ自宅に戻る生活を送っていました。ddパクリタキセル療法に切り替わったタイミングで長女が小学校に入学したため、母が私の家に泊まり込みで来てくれて。私も退院後はそのまま自宅に戻り、静養していました。

編集部

闘病中の心の支えになっていたものを教えてください。

まっきぃさん

子どもたちと両親の存在ですね。幼稚園や小学校の行事を見るたびに「これが最後になったら嫌だな」と考えていました。それから、子どものころはとても厳しかった両親が、私がこれまで生きてきた中で一番優しく寄り添ってくれたことも忘れられません。「絶対に病気を治して親孝行しよう」と強く思いました。

編集部

現在の体調はいかがでしょうか?

まっきぃさん

予防薬などもないので不安はありますが、普段は乳がんだったことも忘れるくらい、元気に過ごしています。リンパ節郭清をしているので、再発とリンパ浮腫(リンパ液の流れが滞ってむくみが出る症状)に気を付けなければいけません。
最近、運動をした方が再発率も下がると聞き、自宅の近くにできたジムに通い始めました。ただ、太るのはあまりよくないのに食べ過ぎてしまったり、長風呂をしてしまったりすることもあるので、「もっと気を付けて生活しなければ」と感じています。

配信元: Medical DOC

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