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「豊臣兄弟!」モテモテ三成(松本怜生)が七将襲撃事件のフラグ?「そんな理由でw」「この頃から武断派に睨まれてた」

「豊臣兄弟!」モテモテ三成(松本怜生)が七将襲撃事件のフラグ?「そんな理由でw」「この頃から武断派に睨まれてた」

5月31日に放送されたNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」(総合ほか)の第21回で、女子たちから人気を集める石田三成(松本怜生)に、加藤清正(伊藤絃)と福島正則(松崎優輝)が激しく嫉妬する場面が描かれ、歴史好きな視聴者がこの22年後に起こる「七将襲撃事件」を想像した。3人は後に、豊臣秀吉(池松壮亮)が築いた豊臣政権を支える重臣となるが、秀吉の死後は激しく対立。最終的には、その対立が豊臣家滅亡の遠因の一つになったことでも知られている。そんな因縁を知る歴史ファンにとって、この日のコミカルなやり取りは特別な意味を持ったようで、SNSに「そんな理由でヘイトを溜める三成さま(笑)」「この頃から武断派に睨まれてたのかw」といった反響が集まっている。

「豊臣兄弟!」とは?

秀吉の弟・秀長(仲野)を主人公に、天下人となる兄を補佐役として支えた弟の目線で戦国時代をダイナミックに描く大河。連続テレビ小説「おちょやん」や、「半沢直樹」「下町ロケット」「陸王」(以上、TBS)などのヒット作で知られる八津弘幸さんが脚本を担当する。

福島正則(松崎優輝)「なぜあの男ばかりおなごに好かれるのじゃ!」

この日の放送で、天正5(1577)年、秀吉は織田信長(小栗旬)から播磨攻めを命じられ、出陣の支度にかかった。秀吉子飼いの清正と正則は、播磨という土地に興味津々で、穏やかな海と豊かな野山に恵まれ、うまいものが多いらしいと正則が言うと、清正は自分も連れていってほしいと秀吉におねだり。土地が豊かだからといって良いところとは限らないと秀吉が説明し始めたところで、「お待ちくださいませ! 石田様!」という若い女性の声が聞こえた。中庭越しに向かいの廊下を見ると、2人の侍女が三成の両腕を左右に引っ張りながら、「きょうは私が髪を整えさせていただきます!」「いいえ、きょうは私の番でございます!」と三成を取り合っていた。三成は「おい、離さぬか。自分でやるからよいと言うておろう」と固辞するも、侍女たちは「私にお任せください!」「いいえ、私に!」とどちらも譲らず。

秀吉は、その様子を播磨の情勢にたとえ、「我ら織田と西の大国、毛利との間に挟まれ、どちらにつくかで引っ張り合いが続いておる。播磨に手をつけるということは、その先にいる毛利ともにらみ合わねばならないということじゃ。一筋縄ではいかぬ」と説明したが、正則は「げせぬ! なぜあの男ばかりおなごに好かれるのじゃ!」と播磨のことはそっちのけで、モテモテの三成に嫉妬した。清正も「全くじゃ!」と同意。まとわりつく侍女たちをいなす三成を恨めし気ににらみつける2人に、秀吉は「あやつは気が利くからのう。お主らではまだおなごから相手にされぬのももっともじゃ」となだめた。

三成はのちに、五奉行の1人として合議制で秀吉亡き後の豊臣政権を運営する要職に就くが、2度目の朝鮮出兵を経て武断派の清正、正則らと対立。彼らの関係修復に当たっていた五大老の一人・前田利家(大東駿介)が慶長4(1599)年3月3日に没すると、その夜、看病のために大坂の前田邸に詰めていた三成が屋敷から出てくるところを、清正、正則ら武断派の7人が待ち構えて襲撃しようとした。豊臣秀頼に侍従する桑島治右衛門からの通報で計画を事前に察知していた三成は密かに脱出して京都の伏見城まで逃げ延び、徳川家康(松下洸平)が仲裁して三成を失脚させることで諍いを収めた。

七将襲撃事件は秀長が亡くなった8年後に起こる出来事。そのため劇中で描かれない可能性が高いが、この日の清正と正則の子供っぽい嫉妬を事件につなげて面白がる大河ファンは多く、SNSに、

「女子に好かれる石田三成、激しい嫉妬と憎悪の福島正則、加藤清正。のちの、石田三成襲撃事件、始動。味わい深い」

「三成、この頃から武断派に睨まれてたのかw」

「ああ、こうしてダブル武闘派対三成くんの対立が生まれるのかな」

「モテる…そんな理由でヘイトを溜める三成さま(笑)」

「七将襲撃の原因、まさかのモテへの嫉妬」

「えらいロングパスやな(爆)」

といったコメントが相次いで書き込まれた。

配信元: iza!

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