実父の通夜と嵐のライブが重なったら、どちらを選ぶべきか──。そんな問いがSNSで大きな議論を呼んでいる。
発端となったのは、5月31日の嵐のラストライブに参戦する予定だったという女性について、夫がSNSに投稿した内容だった。
投稿によると、女性の実父が急死し、通夜の日程がライブ当日と重なったという。
ところが女性は「通夜は出ない、嵐のライブに行く、葬式だけ出ればいいでしょ、お通夜はあなたに任せる」と話したとされる。
SNSでは「理解できない感覚だ」という声がある一方、「本人が後悔しない選択をすればいい」と擁護する意見も目立った。また、生前の親子関係によっては参列しないのも選択肢だとする声もあがっていた。
SNSで議論を呼んだのは、「親か趣味か」という価値観の対立だけでなく、さまざまな論点が絡み合い、なおかつ明確な正解がないからなのだろう。
●通夜や葬儀への参列は法的義務ではない
感情論としては大炎上しているが、法的な見解は非常にシンプルだ。
まず、親の通夜や葬儀への参列を義務付ける法律は存在しない。
子どもであっても、通夜や葬儀に出席しなかったこと自体を理由に法的責任を問われることは通常ない。
また、参列しなかったからといって相続権を失うわけでもなく、相続放棄の手続きが必要になるわけでもない。
「通夜の日に参列も手伝いもしなかった」として、損害賠償責任が生じることも考えにくい。
●問題になるのは法律よりも人間関係
ただし、法的に問題がないことと、何の問題もないことは別だ。
遺族の間で感情的なわだかまりが生じれば、その後の家族関係に大きな影響を及ぼすだろう。
実際、投稿した夫の文面からは、妻の対応に対する困惑や不満が透けて見える。また、準備を丸投げされた夫や妻の親族が不信感を抱くのも自然かもしれない。
価値観が多様化している現代でも、葬儀や弔いに対する考え方には大きな個人差があり、人によっては、そうした規範意識は今なお根強い。
生前の親子関係に問題があったなど、参列しない相応の理由があるなら、話は別だ。
しかし、単に「推しのイベントがある」という理由で、かつ説明も不足していたようなケースでは、親族との関係に決定的な亀裂を生むことにもなりかねない。

