●「干される」は許されるのか
──今後どのような点に注目すべきでしょうか。
今後は、退所後の事務所側の対応も重要な論点になります。
かつて芸能界では、事務所を辞めたタレントが一定期間活動しにくくなる、いわゆる「干される」といった問題がたびたび指摘されてきました。
こうした状況を受けて、近年、公正取引委員会は「実態調査報告書」や「取引適正化に関する指針」(内閣官房と連名で策定)で、事務所が退所したタレントの活動を不当に制限する行為について、独占禁止法上の問題になる可能性があると指摘しています。
具体的には、取引先に対して「まだ契約関係が続いている」などと伝え、タレントの起用を見送らせる行為や、退所後も事務所のウェブサイトにプロフィールを掲載し続けることで、取引先に在籍中であると誤認させる行為などが問題視されています。
実際に、私が担当した裁判でも、そのような行為がタレントに対する妨害行為と認定された事例があります。
今回のケースでは双方が真っ向から対立しているため、今後、尾碕さんが独立や移籍を進める中で、事務所側が退所を認めない姿勢を取り続けた場合には、公取委の指針や近年の裁判所の判断との関係が注目されることになります。
もっとも、裁判などの法的紛争に発展すれば、時間的・経済的負担に加えて、双方のイメージにも大きなマイナスとなりえます。
その意味でも、今回の焦点は、尾碕さんが不当な活動妨害を受けることなく、円滑に芸能活動を再開できるかどうかにあるでしょう。
●投資回収と実演家の権利保護のバランス
──この他にポイントはあるでしょうか。
日本の芸能界は、タレントの発掘や育成、プロモーションなどに多額の資金や労力を投じて、タレントの価値を高めていく独自のシステムが発展してきました。
そのため、事務所側が一定期間の所属を期待し、投下したコストを回収したいと考えること自体は、ビジネスとしても、芸能界の健全な発展という観点からも十分合理性があります。
一方で、そのことを理由として、タレントの移籍や独立を不当に制限することは許されません。
タレントにとって活動の空白期間は、単なる収入減にとどまらず、人気や知名度の低下にも直結し、後から金銭で回復することが難しい致命的な損害をもたらす可能性があるからです。
事務所側には、タレントと対等な取引関係を築き、不当に拘束するのではなく、別の方法で持続可能なビジネスを考えることが求められています。
近年は、公正取引委員会の指針や裁判例を通じて、事務所側の正当な利益と、実演家の職業選択の自由とのバランスが重視されるようになっています。
今回の騒動は、単なる「退所トラブル」にとどまらず、先述のバランスをどのように図るべきかが改めて問われる事案といえるでしょう。
【取材協力弁護士】
佐藤 大和(さとう・やまと)弁護士
代表弁護士。芸能人の権利を守る「日本エンターテイナーライツ協会(ERA)」共同代表理事。芸能人、アーティスト、アイドル、クリエイターらの人権、権利問題に注力しつつ、芸能人の「マネジメント契約の法的性質」「パブリシティ権(芸名等)」「競業避止義務」「肖像権」等に関する重要判決も獲得。文化庁「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けた検討会議」委員等の他、テレビ・ラジオのコメンテーター、ドラマ・漫画等の法律監修にも携わる。
事務所名:レイ法律事務所
事務所URL:https://rei-law.com/

