「行ってらっしゃい」「行ってきます」。いつもと変わらない朝の何げないやりとりが、父と交わした最後の言葉になりました。次に会った父は、病院のベッドの上で冷たくなっていました。突然訪れた別れを前に、私はこれまで言葉にできなかった感謝を、何度も悔やむことになったのです。
いつも通り出かけた朝
その日、私はいつものように、朝会社へ向かいました。家を出るとき、父とは「行ってらっしゃい」「行ってきます」と言葉を交わしました。特別な会話ではなく、普段と何も変わらない朝でした。そのときはまさか、それが父と交わす最後の言葉になるとは思ってもいませんでした。
昼食を終えたころ、娘から携帯電話へ連絡が入りました。そこには、「おじいちゃんが、息をしていないって運ばれた」といった内容のメッセージが書かれていました。突然の知らせに、私は何が起きたのかすぐには理解できませんでした。
病院で見た父の姿
詳しい状況がわからず、私は母に電話をしました。すると、登山をしていた父が心肺停止の状態で病院に運ばれたと聞かされました。私はすぐに病院へ向かいました。しかし、そこにいた父は、すでに冷たくなっていました。朝に見送ってくれた父と、目の前にいる父が同じ人だとは、なかなか受け止められませんでした。
若いころの私は、父に反抗してばかりでした。年を重ねてからも、親孝行らしいことができていたとは言えません。親になった今だからこそ、若いころにはわからなかった父の思いやありがたさに気付くことがたくさんあります。それなのに、感謝の気持ちをきちんと言葉にして伝えたことは、ほとんどありませんでした。

